初めてのお泊り
「いらっしゃい、フェイトちゃん」
「お邪魔します。今日はご迷惑をお掛けします」
「迷惑だなんて・・・、私は凄く嬉しいわよ?」
「あ、ありがとうございます」
玄関にてほんのり照れるフェイトちゃんを桃子さんがハグして末娘に怒られました。
――――――
本日。
ハラオウン家の皆さんが全員お仕事、つまりはフェイトちゃんは家で一人きり。
使い魔であるアルフも何故か物凄く笑顔でエイミィさんの補佐でお仕事に行ってしまったのです。
間違いなく買収だと、フェイトちゃんが気付くわけがありません。
で、それを誰から聞きつけたのか桃子さんが朝食の席で言いました。
「なのは」
「なぁに?お母さん」
それはもう、そこの砂糖とって、くらいのナチュラルさで。
「フェイトちゃんと一緒のベッドでいいわよね?」
『ブッ!』
高町家の男性陣となのはちゃんが噴き出したのは仕方ないということでしょう。
それから士郎さんの叫びとかを色々スルーして、顔を真っ赤にして抗議するなのはちゃんの説得に入った桃子さん。
「ななな何の話してるのお母さん!!」
「あら、今日フェイトちゃんが泊まりに来るんでしょ?その話なんだけど」
「私お泊りに誘ってもないよ!!」
「大丈夫、これから誘えばいいわ」
「そう言う問題じゃなくて・・・!!」
何でフェイトちゃんが今夜一人きりなのを知ってるのかとか、誰から聞いたのかとか、色々ツッコミたいことがありすぎるなのはちゃん。
「リンディさんに許可は取ってるから、まず間違いなくお泊り確定よ?」
「ふぇ、フェイトちゃんがダメって言うかもしれないよ」
「なのは、本当にそう思ってる?」
「ぅ」
脳裏に浮かぶその人が、母親に確認を取り、自分に何度も「いいの?」と心配顔をした後にはにかんで「じゃあ、お泊りして、いいかな?」と言ってくる様が容易に想像できました。
そしていつの間にリンディさんに許可を取ったんだろうとかそんな疑問を胸に、なのはちゃんは母親に再び聞きます。
「お客様用のお布団、あったよね?」
「あるわね」
清々しい笑顔でした。
客間もあるんですけど、それについてはツッコまないところからしてなのはちゃんもそれなりの想いがあるようですが、お布団に対しては別のようです。
「じゃあ、何で?」
「近い方がいいと思って」
「余計なことしないでッ!!」
「お泊りで同じお布団なんて初歩よ?」
「何の!?」
「天然鈍感の攻略法、かなぁ」
「お母さん・・・・ッ!!」
微妙に握り締めた拳がプルプルし始めたなのはちゃん。
今回は粘りますね。
しかし、ここで桃子さんの援護に美由希さんが参戦し。
「いいのー?なのは」
「な、何が?」
「のんびりしてると誰かに盗られちゃうよー?」
「ッ!?」
なのはちゃんが敗北した瞬間でした。
美由希さんと桃子さんがハイタッチしていたのは、気のせいです。
――――――
その日の学校の休み時間。
難なくお泊りの承諾を得たなのはちゃんは、一旦フェイトちゃんのお家に寄ってから帰宅。
さきほどの光景へと戻るわけです。
「やだもうなのはったら、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「ダメったらダメ!!」
「な、なのは、私は気にしてないから・・・」
「ぅう〜〜〜〜・・・」
かなり警戒している末娘に微笑む桃子さん。
そして未来のうちの子を見つめました。
「フェイトちゃんは、誰かの家にお泊りは初めて?」
「はい。寮とかなら、あるんですけど」
「フェイトちゃんの初めてのお泊りが家なんて、嬉しいわ」
「そ、そんな、こちらこそ、嬉しいですっ」
「お母さん、抱きついちゃダメだからね」
「ちぇっ」
「ちぇって・・・」
「えと、なのは?」
あわあわするフェイトちゃんを見た桃子さんの目が遠くなったのに気付いたなのはちゃんが牽制。
それにちょっぴりいじける桃子さん。
状況が解ってないフェイトちゃん。
「さて、私はご飯の準備があるから・・・」
「あ、お手伝いします」
「いいのいいの、お客様はのんびりしてて」
「でも・・・」
「そうだよフェイトちゃん、気にしないで」
「う、うん・・・」
二人から説得されて、躊躇いつつ頷くフェイトちゃん。
そんなフェイトちゃんににっこり微笑んでいたなのはちゃんですが、次の瞬間。
「じゃあ、ご飯の用意してる間、二人でお風呂入ってきてね」
桃子さんに爆撃されました。
――――――
「お、お客様のフェイトちゃんが先に入るべきだよ!」
「あ、ううん、なのはが先に」
かなり動揺したなのはちゃんと、恐縮するフェイトちゃんは譲り合いを開始。
堂々巡りのそれを聞いていた桃子さんが一言。
「だから、一緒に入っちゃえばいいじゃない」
「お母さんは黙ってて!!」
すぐさま末娘に制されました。
しかしこれで黙るようでは高町家のある意味頂点など務まりません。
なおも、追撃。
「フェイトちゃんの髪、凄く長いけどいつも一人で洗ってるの?」
「えと、た、たまに、アルフやエイミィに手伝ってもらってます」
頬を染めて若干俯きつつ答える姿は、たまに、ではなく、ほとんどということを如実にあらわしていました。
その姿は物凄く可愛く、無意識がなのはちゃんが見詰めてしまうほどでした。
なのはちゃんの視線に気付いたフェイトちゃんが勘違いをして弁解を開始。
「ち、違うんだよ?一人でも洗えるんだよ?ほんとだよ?」
「ふぇ、フェイトちゃん?」
「でもエイミィが洗ってあげるって言ってくれるから、だから」
「わ、解ったから、落ち着いてフェイトちゃん」
「う、うん」
テンパるフェイトちゃんを落ち着けているなのはちゃんを見て、桃子さんはさらに提案。
「やっぱり一緒に入ったら?じゃなかったら、美由希に頼m」
「なのはが一緒に入るからいい!!」
「じゃあごゆっくり」
「あ」
なのはちゃんがしまったという顔をし、桃子さんは勝者の笑みを湛えていました。
――――――
リビングでフェイトちゃんに髪を乾かしてもらっているなのはちゃんは任務終了後の気持ちを実感していました。
やりきったぜ、という気分です。
目のやり場とか色々困っていたのですが、一番困ったのはフェイトちゃんの無自覚さでした。
フェイトちゃんの髪を洗い終えた後、お礼にと今度は自分の髪を洗ってもらうことになったなのはちゃん。
「なのはの髪って、綺麗だよね」
「ふぇ!?」
「綺麗な栗色で、柔らかくて、手触りもいいし・・・」
「あ、あの、フェイトちゃん?」
優しく丁寧に洗ってくれているその人に、恥ずかしいという意味を込めて名前を呼べば。
「あ、髪だけじゃないよ?可愛いし、キラキラした澄んだ瞳も綺麗だし、繋いだ時の手もあったかくて安心するし」
誤解弁解タイム、再び。
なのはちゃんは、あわあわしながらこっちが照れることを言い続けるフェイトちゃんに、お風呂とは別の意味でのぼせそうになったのでした。
で、お風呂から上がってきたのを待ち構えたいた母親に。
「どうだった?」
とか意味深に聞かれてさらに疲れたのは言うまでもありません。
――――――
「どう?フェイトちゃん、口に合うかしら」
「はい、凄くおいしいです」
「嬉しいわ。ちなみになのはにはこの味を受け継がせてるから、安心してね?」
「?はい」
「お母さんッ!!」
とかそんな遣り取りがあったものの、桃子さんが腕によりを掛け捲った夕食も終了し、お片づけ。
これの手伝いは譲らなかったフェイトちゃんが、お皿を戻そうと戸棚を見上げて。
「届かない・・・」
己の身長を軽く越える段を見上げて、呟きました。
その顔は困り果てています。
どうしよう、桃子さんに頼まれたのに、これじゃお皿戻せない、とか考えているフェイトちゃんの手からお皿が取られました。
背後から伸びてきた手は、お皿を戸棚に戻します。
驚いたフェイトちゃんが慌てて後ろを振り返れば、そこには士郎さんの姿。
困っているのを見て助け舟を出したみたいです。
「あ、ありがとうございますっ」
「いや、構わないよ」
「・・・・・・・」
「どうしたんだい?」
ぽへっと自分を見上げるフェイトちゃんに、士郎さんは首を傾げます。
はっとしたフェイトちゃんは慌てて言います。
「ご、ごめんなさいっ、不躾に見詰めてっ」
「いや、いいんだが、どうして?」
「えと、あの・・・」
照れてこちらを窺う様に見たフェイトちゃんは、呟きます。
「私、お父さんが居ないから・・・・、だから、お父さんって、こんな感じかなって、思ってしまって・・・・。ご、ごめんなさいっ」
「ッ!!」
ごめんなさい失礼なこと言って!とか謝罪しているフェイトちゃん。
士郎さんはぶっちゃけそれを落ち着かせるほど冷静ではありませんでした。
(これが、桃子の言っていたフェイトちゃんの可愛さか・・・!!)
洗脳は、着実に。
この後。
何も言ってくれない士郎さんを見て、微妙に涙目になったフェイトちゃんを発見した末娘に物凄く怒られてションボリする父親が長女に笑われていたそうです。
――――――
時はもう夜。
そろそろお休みの時間です。
リビングから部屋に戻ったなのはちゃんは愕然としました。
ベッドの隣に敷いて置いたお客様用の布団がないのです。
跡形もないのです。
「な、何で・・・!!」
そんななのはちゃんの姿を見て小首を傾げるフェイトちゃん。
コンコン
「なのは、フェイトちゃん、入るわよ?」
と、ノックの音と共に現れたのは桃子さんでした。
桃子さんは物凄く笑顔で、手に持っていたものをフェイトちゃんに渡します。
「はい、フェイトちゃん」
「これは」
「枕ね」
「枕、ですね」
「・・・・・・・・お母さん」
「なぁに?なのは」
母親の真意を悟ったなのはちゃんは若干低めの声で問いかけました。
「お布団、敷いてあったよね?」
「ああごめんなさい、さっきベッドメイキングしてる時にウッカリ花瓶倒しちゃって水浸しに」
「なのはの部屋に花瓶、あったっけ?」
「置こうと思って持ってきたんだけど、それを零しちゃって☆」
「・・・・・・・・・・・・」
笑顔が眩しすぎました。
抗議しても時既に遅し。
くりん、となのはちゃんはフェイトちゃんに向き直ります。
「フェイトちゃん、は、いいの?」
「何が?」
「えと、なのはと、同じベッドで・・・」
「どうして?」
「だ、だって、狭いし・・・」
きょとんとした顔で、フェイトちゃんは言います。
「なのはがいいなら、私はいいよ?」
何でもないことのように、さらっと言ってのけました。
だって凄く近いんだよ!?同じベッドだよ!?とか心の中で叫びつつ、そうまで言われては断る術などどこにもなく。
「なのはも、一緒のベッドが、いい・・・」
「うん、じゃあ一緒に寝よう、なのは」
その微笑ましすぎる遣り取りを、桃子さんが達成感に満ち溢れた微笑みで見ていました。
「お母さんは出てって」
「あら、冷たい」
――――――
電気を消した室内。
同じベッドに横になり、なのはちゃんとフェイトちゃんはお話中。
「何か、変な感じ」
「うん、なのはと一緒に眠るなんて、思わなかったから」
至近距離でくすくす笑い合います。
しばらく色んな話をしていると、近づいてくる眠気。
「あのね、フェイトちゃん」
「うん?」
「手、繋いでもいい?」
「うん、繋ごう」
互いの手を繋ぎ、指を絡めて。
不思議な安心感の下、二人は夢の世界に旅立ちました。
翌朝。
物凄く間近にあるフェイトちゃんの寝顔にかなり驚いたなのはちゃんが、心臓を落ち着けつつ室内を見回して何故かビデオカメラを構える母親を発見してひと悶着あったのはまた別の話。