いぬふぇいと15



目覚まし時計の音。
その発信源をすぱんと叩き、なのはさんはまだ夢に片足突っ込んでいる思考のまま、手を自身の横に伸ばしていきます。
幼さゆえか少し高い体温。柔らかい毛並み。腕の中にジャストフィットサイズ。
そこには大切で堪らない獣族であるフェイトちゃんが。


「・・・・・、あれ?」


いるはずでした。
布団の中で空を切る腕。なのはさんは瞼を上げます。
見慣れた室内と、なのはさん分しか膨らんでいない布団。
現在、部屋にいるのはなのはさんだけでした。


「フェイトちゃん!?」


飛び起きます。
身を凍らせたのは冬の寒さよりも、不安。
あの日の記憶が蘇っているなのはさんは上着をひっつかんで部屋を飛び出しました。
慌てて階段を下り、リビングを覗き、目を丸くした桃子さんと視線が合います。


「おはようなのは。どうしたの?」
「フェイトちゃん!フェイトちゃんは!?」
「フェイトちゃん?」
「私の部屋にいないの!どこにもいないの!!」
「落ち着きなさい」
「だって!」
「なのは」


悲痛な叫びは静かな声に遮られます。
すとんと、心に落ちる何か。ざわつく周りを宥めます。
なのはさんに柔らかく微笑み、桃子さんは言いました。


「大丈夫。フェイトちゃんは居なくなってないわ」
「でも、隣に、私の隣に」
「今は外に居るの」
「え?」


ずり落ちそうななのはさんの上着を掛け直し、桃子さんは窓を見やります。
銀世界。


「お父さんと雪掻きしてるわ」
「ちょっとお父さんとお話してくる」


さきほどベッドから飛び起きたのとほぼ同じ速度でなのはさんは玄関に向かいました。


――――――


「お父さん」
「おう、なのは起きたか。ってなんだそんな薄着で」
「どういうこと?」
「どういうことって、何が・・・」


雪掻き用のスコップを地面に、雪に刺して士郎さんはなのはさんを見やり、二言交わした後にやっと気付きます。
パジャマに上着という明らかに急いでこの場に来た末娘の瞳が、誰かのトラウマとかを呼び起こしそうな色に染まっていることに。
たらりと背中を伝うのは、雪掻きによる汗か、それとも。


「ち、違うぞなのは。お父さんがフェイトちゃんを雪掻きに誘ったわけじゃない」
「じゃあなんで」
「玄関で用意してたら、フェイトちゃんが起きてきてだな。目が輝いてたんだよ」
「フェイトちゃん雪好きだからね」
「真っ白だぞーって言ったらだな」
「わぅ!って?」
「そう、だからコートとか着てきたら出てもいいからって・・・ぁ」
「そう、結局お父さんが許可出したんだ・・・」


不自然に、なのはさんの顔にかかる影。
士郎さんは改めて思います。ああ、末娘はお母さん似だなぁ、と。


「少し、頭冷やせばいいの」


――――――


「フェイトちゃーん」


一仕事終えたなのはさんは庭の方へと来ていました。
縁側からリビングを見れば、何故だかビデオカメラを構えた桃子さんの姿。とても真剣です。
限りなく真剣です。
その撮影目的はというと。


「ぅー、・・・・・わぅわぅ、わぅっ」

ぐいぐい

「わぅ、わぅ、わぅっ」

ぐいぐい


小さめのスノーダンプを武器に雪と格闘する獣族の姿。
ハラオウン家から届いた特注のコートに身を包み。八神家からもらったもこもこの帽子を被り。桃子さん作の手袋をして。なのはさん作のマフラーで口元まで覆い。
たっぷりの雪を乗せたスノーダンプを押そうと頑張っていました。少しも進んでいませんでした。
色んな意味でなのはさんの気が遠のきました。


「なにあのかわいいいきもの」


本音が漏れました。
夢中なのか二人が自分を見ているなんて気付かないフェイトちゃんは、一息ついてスノーダンプを押すことを止めます。休憩のようです。
ふとフェイトちゃんが傍らの、まっさらな状態の雪を見下ろしました。たっぷり一分見詰めました。尻尾が凄く揺れています。


「わう」

ぼすっ


欲望に耐えられなかったのでしょう。そのまま雪に倒れ込みます。
ごろごろと転げて、動いて、嬉しそうに雪を楽しみ、しばらくして座り込んだまま止まりました。
何やらもぞもぞしていることに気付いたなのはさんははっとして、慌ててフェイトちゃんに駆けよりその身体を抱き上げます。


「フェイトちゃん!雪食べちゃダメ!!」
「きゃん!」
「ぺってしなさい!」
「きゃぅん」
「・・・・・あ、食べてない?」
「きゅーん、・・・」


いきなりの飼い主の登場に驚き固まるフェイトちゃん。
その手には砕けてしまったらしい雪玉。びっくりして力を込めすぎたようです。
なのはさんは自分の思い違いとしょげる獣族に苦笑い。


「ご、ごめんね?」
「ぅー・・・」
「ごめんね、フェイトちゃん。びっくりしたよね」
「・・・・・、ゆきだるまが」
「作ろうとしてたんだ?」
「わぅ」


雪だるま制作を邪魔されたフェイトちゃんは不満気。
なのはさんは苦笑を深くしました。


「じゃあ、朝ごはん食べたら一緒に作ろうか」
「・・・・、ほんと?」
「うん。さすがに私もこのままだと寒いし」
「あ、なのは、パジャマ」
「どこかのお寝坊さんがベッドに居ないから探したの」
「ご、ごめんなさい」
「いいよ」


垂れる耳に微笑んで、なのはさんはフェイトちゃんを抱き上げたまま家に戻ろうとします。
フェイトちゃんの視線は、スノーダンプ。


「雪掻き・・・」
「大丈夫、必要なところはお父さんが全部するから」
「いっぱいだよ?」
「大丈夫、一人でするって言ってたから」


言わせたから、の間違いではとは聞けません。
納得したフェイトちゃんと共に、なのはさんは朝食を摂りに家へと戻って行きました。


――――――


「コート」
「わぅ」
「手袋、帽子」
「わぅ」
「マフラー」
「わぅっ」
「ブーツも、よしっと」
「わうっ」


一時間後。
再び完全装備のフェイトちゃんとなのはさんの姿が玄関にありました。
頑張って雪掻きに勤しむ士郎さんを横目に再び庭へ。もちろん縁側には桃子さんがカメラスタンバイしています。定期映像郵送が近いのです。


「雪だるまを作ります!」
「わぅっ」

ぽすぽすぽすっ


なのはさんが宣言すれば、拍手したつもりなのでしょうが、手袋のせいで気の抜けたような音を発しながらフェイトちゃんは返事をします。
二人の目の前には、誰も手をつけていない一面の銀絨毯。


「フェイトちゃんは頭担当。私は身体担当」
「うんっ」
「作り方は解るね?・・・・って、誰から教わったの?」
「アリサ」
「ぁー、・・・・・・」


なのはさんの脳裏に雪遊びする己の獣族が如何に可愛かったかを珍しく熱く語る親友の姿が再生されました。やはりいぬ科獣族、雪遊びが好きな確率は高いです。


「じゃあ、丁度いい大きさになったら呼ぶから、フェイトちゃんは雪玉作っててね」
「わぅ」


返事と共に雪玉を作り、ころころと転がしていくフェイトちゃん。
なのはさんはそれをしばらく見つめて、行動に移しました。
的確に、効率的に、迅速に。フェイトちゃんの動き、雪の質量、銀面の面積。全てを計算に入れてなのはさんは動きます。
全ては、そう、全ては。


「早く作り終えてフェイトちゃんを観察するためにっ」


マイメモリーのために。


――――――


縁側のすぐ目の前。
そこにはすでにどでんと雪玉が据わっていました。なのはさん作、雪だるまの胴体です。そこそこの大きさです。
その作者はというと。


「はぁ、可愛い」


一生懸命雪玉を転がすフェイトちゃんにご執心でした。
ほっぺ真っ赤にしちゃって可愛いなぁほんともう絶対冷えてるよこれは出来上がったらすぐにお風呂だねゆっくり浸かってあったまらないともちろん私も一緒に入って。
脳内を駆け巡る言葉が口に出ていないのが幸いでしょう。
余談ですがリビングにやってきた恭也さんが真面目かつどこか陶酔している母娘の超似ている表情を見てビクついていました。ちょっと怖かったみたいです。
そしてその視線の先を見て頬を緩ませ、お風呂の自動湯沸かしスイッチを押したとか。
さすがお兄ちゃん。伊達にフェイトちゃんのお気に入りお昼寝スポットにお兄ちゃんの膝がランクインしているだけはあります。
閑話休題。


「そろそろいいかな」


なのはさんは立ち上がります。
フェイトちゃんが作っている雪玉の大きさは丁度いい感じになっていました。
こっちに転がしてきて、という意味でなのはさんがフェイトちゃんの名を呼びます。


「フェイトちゃん!」
「ッ!!」


ぴんと立った耳と、こちらを向く紅。おいで、と手招きすれば。


「あれ?」


一直線にこちらに掛けてくる獣族。後方には雪玉。
とても嬉しそうに、尻尾を振って、時折足元を雪にとられながら、それでも一直線に。
フェイトちゃんはなのはさんの元に駆けていきます。


「なのはっ」


あと一メートルほどでダイビングハグをしてきたフェイトちゃんを受け止め、なのはさんは苦笑い。


「フェイトちゃーん?」
「なのはっ、呼んだっ」
「うん、呼んだね」
「わぅっ」
「そうだね。フェイトちゃん、いいこ」
「わうっ」


どうやらフェイトちゃんの脳内では、なのはさんが呼ぶ=傍に行かなきゃ、と登録されているようです。それが何だか面白くて、嬉しくて、楽しくて、愛おしくて。なのはさんはフェイトちゃんを抱きしめます。
けれど、そうしているわけにもいきません。
今日の目的は、まだ途中なのです。


「フェイトちゃん」
「何?」
「雪だるま、もうすぐだよ」
「あ」


なのはさんに呼ばれたことで失念していたのか、フェイトちゃんはすぐに下ろしてと頼み、先ほどとは逆に雪玉の方に駆けていきます。
戻ってくるのは、雪玉と、一緒に。


――――――


「じゃーん!」
「じゃーんっ」
「完成です!」
「かんせー・・・・・です?」
「あれ?違う?」


出来た雪だるまを前に首を傾げるフェイトちゃんに、同じく首を傾げるなのはさん。
何だかぴんとこない様子です。
その理由を探そうと二人で悩み、それをリビングから桃子さんが微笑んで見ていました。
そこにタイミング良く現れたのは、士郎さん。
若干ぐったりしつつ、なのはさんとフェイトちゃんを見て、二人の近くにある雪だるまを見て、微笑みました。
士郎さんはどこかへ行ってしまい、すぐに戻ってきます。その手には、木の棒と、松ぼっくり、バケツ。


「ほら、フェイトちゃん」
「わぅ?」
「あ、それか。お父さん、ありがと」
「いや、いいさ」


かくして。
顔と、腕と、帽子を手に入れた雪だるまが完成したのです。


「・・・・・、なのは」
「何?」
「この雪だるまが成長すると、せつぞうっていう凄いのになるってホント?」
「・・・・・雪像?」
「うん。かまくらはお城になるんでしょ?」
「誰から聞いたの?」
「はやて」
「・・・・・・・・・・・・・」


――――――


部屋に戻ったなのはさんがお風呂セットを用意していると、フェイトちゃんが窓を開けてなにやらもぞもぞしていました。


「何してるの?」
「うさぎさん」
「あ、雪うさぎ」


常緑の葉と、赤いなんてんの実で飾り付けられた、小さな雪遊び。
外側の窓枠に乗せて、フェイトちゃんはゆっくり窓を閉めます。
その顔は、満足げ。


「これなら、一人で出来るよ」
「これは誰に教わったの?」
「リニス」
「なるほど」


らしい。というか、なんというか。
なのはさんはフェイトちゃんにお風呂セットを持たせて、その身体を抱き上げます。


「うさぎさん、可愛くて好き」
「んー、私はもっと可愛いの知ってるよ」
「もっと?」
「うん、もっと可愛い、紅い目の子」
「?」


疑問符を浮かべるフェイトちゃんの、まだ冷たい頬に唇付けるなのはさん。
くすぐったそうにしながらフェイトちゃんは問いました。


「教えてくれないの?」
「お風呂に入ってから、教えてあげる」
「絶対だよ」
「うん、絶対」


なのはさんは物凄く笑顔でした。
嫌ってほど教えられるだなんて、フェイトちゃんが知るわけがありません。







終わり


補足
あの日、その時何が起こったかはまだわかりません
フェイトちゃんは信用してる人の言葉はわりと簡単に信じます
ハラオウン家への映像郵送は三桁を越えました
雪だるまの名前はすのーさんです


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