いぬふぇいと14



六つの塊。
床に転がり、晒されたそれ。
投げ出された腕。放り出された脚。
左右を繋ぐべきものはなく、あるのは繋がっていたであろう名残。
繋ぐ役割を持つ胴体は中身を全てぶちまけて。
包み込むはずの皮は裂け、破け、壊れ。
中に納めるべきものは溢れ、零れ、出でて。
全てを統括する頭はそれを伝える術を持たず。
統括する元は収まることなく、伝達する道はなく。
あるのは遠くに転がる五つの塊。
それは、凄惨な光景でした。


「きゅーん・・・」


桃子さんの目にはめっさ申し訳なさそうに耳と尻尾を垂れる獣族しか見えていなかったとしても。


――――――


桃子さんにとって次女が学校に行っている間はまさに至福の時でした。
獣族を愛でるという点においては。
そんな桃子さんが高町家の獣族、フェイトちゃんと一緒にお茶をしようとるんるん気分でスキップすら繰り出しつつ訪れたのはなのはさん不在時におけるフェイトちゃんのベストプレイス、士郎さんの書斎。


「フェイトちゃん?入るわよ?」

ガダンッ!ゴドッ、・・・・・・


扉越しに声をかけた桃子さんが聞いたのは慌ただしい音。不思議に思いつつ扉を開けば、そこにいたのは怒られることを恐れる、尻尾巻き込みモードのフェイトちゃんでした。


「きゅーん・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・、わぅ?」
「っは!ごめんなさい、少し色々考えちゃったわ」


あまりの沈黙に耐えられなかったフェイトちゃんのひと鳴きで我に返った桃子さんはフェイトちゃんに近づいて行きます。
それに改めて耳を伏せて尻尾をお腹側に回すフェイトちゃん。
フェイトちゃんの周りには、無残にばらばらになったぬいぐるみ。元は動物であったことが何となくはわかりますが、それが何かはわからないくらいにばらばらに引き裂かれていました。


「フェイトちゃん?」
「きゅーん、きゅーん・・・」
「どうかしたの?」
「・・・・・・ご、ごめんなさいっ」


服の裾を握ってぎゅっと目をつむり、震えるフェイトちゃんにどうしたものかと桃子さんは考えます。
別に怒っているわけではないのです。フェイトちゃんが遊んでいるうちに本能スイッチが入ってしまってぬいぐるみやクッションを壊してしまうのは何度かありました。しかしそれは仕方のないこと。むしろクッションやぬいぐるみで済んでいるだけ良いことなのです。
けれど今回は遊んでて・・・、等の説明がなくどうしてこうなったのかが解らないのでどうしようもありません。


「えっとね、フェイトちゃん」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ」
「どうしたのかしら?」
「・・・・・・」
「教えてくれない?怒らないわ」


ゆっくりと頭を撫でて、桃子さんはフェイトちゃんの言葉を待ちます。
しばらくそれを続けると、少しずつ顔が上げられ覗く瞳は恐怖と不安。


「・・・・・・・・わからない、です」
「え?」
「いつの間にか、咬んで、壊して、た、から」
「無意識に、ってこと?」


こくりと頷くフェイトちゃんに桃子さんは疑問を残しましたが、とりあえず正直に話してくれたことを褒め、ぬいぐるみだったものを片付けます。
それを小さな手を握り締めて泣きそうな顔で見ていたフェイトちゃん。
その小さな身体を抱き上げて、微笑み、桃子さんは口を開きます。


「お茶にしましょうか?」
「・・・・・・」
「私、フェイトちゃんと一緒にお茶したいなー?」
「・・・・・・、うん」
「ありがとう」


リビングでお茶をしている間も、暗い表情のままのフェイトちゃんを見ながら桃子さんは困っていました。
このまま沈んだ状態では可愛さが二割ほどその真価を発揮しません。それでも可愛いけど、と脳内で補足しながら見詰めていると、桃子さんはあることに気付きます。
アイスミルクティーを飲みほしたはずのカップを、フェイトちゃんが口に運ぶ姿。


カ、カリ、ガ、カッ、ガリ、ガリ、


微かに聞こえるのは氷を噛み砕く音。
喉が動き、もう一度口に運ばれるカップ。
聞こえる破砕音。
もごもごと口を動かすフェイトちゃん。それはきっと無意識なのでしょう。けれどフェイトちゃんにそんな癖がないことは桃子さんは百も承知でした。


(ああ、なるほど・・・)


やっと腑に落ちたような感覚。自然に頬が緩みます。


「フェイトちゃん」
「っ!?・・・・きゅーん?」
「大丈夫。何度も言うけど怒らないわ」
「・・・・・・ごめんなさい」


伏せかける耳を髪と一緒に撫でると少しだけ揺れる尻尾。


「フェイトちゃん、お口むずむずしないかしら?」
「口?」
「何か咬みたくなるとか、咬んでないと落ち着かないとか」
「・・・・・・・ぁ」
「ね?」


思い当たる、むしろ今もその通りなのか桃子さんを真っ直ぐ見上げます。
結論は、ひとつ。


「歯の生え換わりで歯痒いっていうか、落ち着かないのね」
「はえかわり?」
「そう、フェイトちゃんの歯が大人の歯になるの」
「おとな?」
「ええ、少しずつね」


大量に浮かんでいるように見える疑問符に苦笑して、桃子さんはフェイトちゃんの歯並びと歯の状態を確認しようと告げます。
あーんして、と。


「わぅ。・・・・、ぁー・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・ぁー・・・」
「・・・・・・・・・」
「?」


警戒心など欠片もなくまるでご飯をねだる小鳥のように。ソファにペタリと座って。上目遣いで。とどめとばかりに、沈黙に対して小首を傾げて。
ここで桃子さんの色んなものの限界が訪れました。


「可愛ぃいいいぃーーーーッ!!」

ぎゅむ

「きゃん!!」


捕獲。
桃子さんの腕に捕らわれたフェイトちゃんは耳元で聞こえる、可愛い可愛いもうすんごく可愛い何この可愛いの!!とかどこかデジャヴを覚える独りごとに訳が分からなくなりながらも若干呼吸困難になりかけていました。


「きゅ、わぅ、く、・・・きゅー・・・ん・・・・・」


優しい匂いと柔らかいぬくもり、そして熱烈なハグにブラックアウトしそうになるフェイトちゃん。
そこに救世主が・・・・・。


「私のフェイトちゃんに何してるの!!!」


たぶん、救世主が現れたのです。


――――――


帰宅して獣族がお出迎えに来ないことに首を傾げてリビングに入ったなのはさんが見つけたのは彼女にとって許されざる光景でした。
よって鞄を放り投げて桃子さんからフェイトちゃんを奪取したのはある意味当然でしょう。


「なのは!フェイトちゃんを返しなさい!!」
「返してはこっちの台詞だよ!!何してんの!!」
「ハグしてただけじゃない!」
「それがダメだって何度言ったらわかるの!?」
「わからないわよ!!だってハグしたいんだもの!!」
「逆ギレ!?」
「だからフェイトちゃん返しなさい!!」
「フェイトちゃんは私のだって言ってるでしょ!!」
「私物化、ダメ、絶対!!」
「引き取ったのは私だもん!!」
「未成年は契約できないから書類上はお母さんだって知ってる?」
「え!?お父さんじゃないの!?」


素晴らしすぎる理不尽を滅茶苦茶な道理にして桃子さんは一歩も引きません。流石です。
知られざる事実に驚くなのはさんでしたが取り戻したフェイトちゃんはがっつり抱きしめて離しません。流石です。
そしてフェイトちゃんも今度は何でなのはに抱っこされてるの、とか理解が追いついていません。流石です。


「だからフェイトちゃんはお母さんのなの!!」
「でも現実は私のだもん!!」
「契約という絶対のものがある限りそれには逆らえないわ!!」
「汚い!大人って汚い!!」
「賢いといいなさい!!」
「狡賢い!!」


そしてどうしようもない口論を繰り広げるこの母子。流石です。
十分後。
なのはさんの膝の上にちょこんと座り、桃子さんが持ってきてくれたミルクセーキをがじがじしながらフェイトちゃんは二人を交互に見ていました。


「歯の生え換わりかぁ」
「違和感があるから気になるみたいね」
「歯並びは?フェイトちゃん、あーん」
「わぅ。ぁー」
「・・・・・・・・・・・・」
「なのは、還ってきなさい」
「っは!あっぶない・・・・」
「くぅん?」


母と同じ道をたどろうとする娘。そんな娘を止める母。何だかんだで仲がいいです。
要するに。
歯の生え換わりを迎えようとしているフェイトちゃん。
違和感からか何かを咬みたくてしかたないので先ほどのぬいぐるみ然り、氷然り、無意識の行動だったというわけです。


「そっか、乳歯抜けるんだね」
「にゅし?」
「新しい歯が生えてくるんだよ。よかったね」
「良いこと?」
「うん、良いこと」
「わぅっ」


喜ばれていることが分かったのか尻尾を振るフェイトちゃん。
理解はしなくても飼い主が、なのはさんが喜んでいれば嬉しいらしく撫でてくれる手にぐりぐりと頭を押し付けていました。
そんな二人を羨ましげに見ていた桃子さんの表情が一変します。そりゃあもう喜々と。


「フェイトちゃん、乳歯が抜けたら私に頂戴ね?大切に保管するから」
「うn「ダメ!!」


了承しようとする声を遮った拒絶。
不意に背後から抱き締められて目をぱちくりさせながらフェイトちゃんが振り仰げば、何やらお怒りのなのはさん。


「あら、なのは遮らないで?」
「私がもらうの!!」
「早い者勝ちよ」
「フェイトちゃんまだうんっていってないもん!!」
「さっき言おうとしたものねー?フェイトちゃん」
「うn「ダメだってば!!」


再び遮られ、さらにはなのはさんに目線でめっとされたフェイトちゃんはしょぼくれました。悪いことなんてしてないのに。
この後一時間に及ぶ大舌戦は結局平行線のまま。
あらゆる意味で素晴らしいタイミングで帰宅した士郎さんに、二人の口論に怖くなってフェイトちゃんが抱き付いたことで終焉を迎えます。
尊い犠牲を払いました。
そして当事者であり原因であるフェイトちゃんはと言うと。


「ティアナ」
「あれ?フェイトさん、どうしt」
「しーっ」
「・・・・・・?」


例の口論から数日後。
獣族散歩コースで偶然遭ったナカジマ家と高町家。
スバルちゃんがなのはさんにじゃれている時です。
こっそりとフェイトちゃんはティアナさんの手にあるものを握らせました。
すぐ隠して、と言われてポケットに入れる前に盗み見たのは小さな白い欠片のようなもの。


「なんですか?これ」
「私のにゅし」
「・・・・・・・・・にゅし?」
「それがあると、なのはと桃子さんがケンカするから、ティアナが持ってて」
「・・・・・・・・・・え?」


とてつもなく危険極まりないものが己のポケットにあることを瞬時に悟るティアナさん。冷や汗が止まりませんでした。
しかしここで大きな声を上げないあたり、危機管理能力と自己防衛能力はとても高いみたいですね。


「ちょ、な、何で私なんですか」
「だって、ティアナがいいと思ったんだもん」
「だもん、って・・・。すずか先輩とか」
「すずかはダメだよっていいそう」
「じゃあはやて先輩とか」
「・・・・・・・・わかんないけど、渡しちゃダメだって思ったから」
「ああ・・・・」


何故か納得。
そしてダメ押し。


「ダメ、かな・・・?」


フェイトちゃんのお願いは、耐性がない限り良心他諸々を苛むことに関しては右に出るものはありません。
そしてティアナさんは耐性とかそんなハイレベルなものは持ち合わせていませんでした。


「・・・・・・・・・・絶対に私に渡したことばれないようにしてくださいね」
「うん」


ティアナさんはいい人です。


「まだ抜けてないのあるから、また渡すね」


そして、苦労人です。










終わり


補足
ティアナさんはフェイトちゃんとの共通の秘密という素敵なものを手に入れました
素敵と書いてデンジャラスと読みます
きっとティアナさんは綺麗に並べて保管してくれます
スバルちゃんの乳歯はギンガさんが保管してます
アリサちゃんの乳歯は桐の箱に厳重に保管してあります、誰が?言わせる気?


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