いぬふぇいと13



あれほどの敗北を喫するのは、この先ないだろう



後に、なのはさんははやてさんとすずかさんにそう語りました。


【いぬふぇいと、じゅーさん】


その日の学校からの帰路。
なのはさんはそりゃあもう鼻歌を奏でかねないほどご機嫌でした。
テスト明けです。
テストと書いてフェイトちゃんを構えない期間と読む、高町家の頂点が決めた不文律に従うなのはさんにとったら本日こそ解禁日。
愛でよう、思うままに愛でよう、構おう、ウザいって思われちゃうくらい構おう。
ある種の決意にも似た思いでなのはさんは歩みも軽やかに足を進めます。


「あれ?」
「あら」


果たして自宅の前で会ったのは、フェイトちゃんの法律上の保護者リンディさん。実質の保護者であるなのはさんは笑顔を向けます。


「こんにちは、リンディさん」
「ええ、こんにちはなのはさん。ごめんなさい、連絡も何もいれずに来てしまって」
「いえ、遊びに来てくださるのは嬉しいですし・・・。フェイトちゃんに会いに?」
「それもあるんだけど、今回の本題は別なのよ」
「別?」
「あ、来たわね」


自分の後ろに向いた視線に首を傾げて振り返れば、そこには見知らぬ胡桃色の人影。
親友より短めの肩口で切りそろえられた髪、群青色の瞳、柔らかい包み込むような表情。
穏やかで優しそうな人がこちらが自身を視界に認めたことに気付き、微笑みます。


「申し訳ありません、お待たせして」
「いいのよ、私が早く着いただけなんだから」
「あの、着いて早々失礼ですが、こちらの方は?」
「あ、高町なのはですっ」


どこかぼんやりとその人を見ていたなのはさんが反射的に名乗れば、返ってくる驚きの瞳の後に綺麗な動作でお辞儀をし、優しい眼差し。


「フェイトがいつもお世話になっています。私はリニスと申します、以後お見知りおきを」
「こ、こちらこそ。・・・・あの、リニスさん」
「はい」
「えと、フェイトちゃんを知ってるんですか?」
「ええ、とてもよく」


ふんわりと微笑むリニスさん。
色々疑問符を浮かぶなのはさんがさらにどうして、と問おうとするのを見てとったリンディさんが話を遮ります。


「まあまあなのはさん、フェイトに会えば解るわ」
「へ?あ、はい」
「じゃあ、お邪魔してもいいかしら」
「もちろんです」


敷居をまたぎ、なのはさんは帰宅の意を、リンディさんとリニスさんは訪問の意を口にします。
高町家に通った、三人の声。


「ッ!!」
「フェイトちゃんっ」


数瞬でリビングから飛び出してきたのは獣族。漆黒の毛並みがぴんと立っていました。
玄関の方を見て固まったフェイトちゃんが次の瞬間には金色の閃光となりました。全速力で駆けだしたのです。
ああ、最近構ってあげられなかったから嬉しさのあまり飛びついてくるんだね。
とかそんな思考で愛しの獣族を受け止めるべく体勢をどことなく整えたなのはさんが感じたのは、脇を通り過ぎる疾風。


「リニスッ!!!」
「久し振りですね、フェイト」


斜め後方にある光景。
見たことがないほど嬉しそうにリニスさんに抱きつくフェイトちゃんでした。
え、え?どうして?
疑問符を浮かべまくるなのはさんが茫然と見詰める中、フェイトちゃんが飛び付いた反動でリニスさんの帽子が落ちます。
そこには、存在を主張するネコ科の耳。リンディさんが口を開きます。


「もう解ると思うけど、リニスさんは獣族の方よ」
「ネコ科・・・」
「ええ、山猫」
「山猫、・・・・・・・・・・ってあのリニスさん!?」
「ご明察。フェイトの育ての親、って言えばいいのかしら?」


ど忘れしていたこと。
フェイトちゃんの口から一日に一度は出る名前。
ほんのりジェラシーを抱いていた相手。
リニスさんの登場です。


――――――


「申し訳ありません、このような格好で」
「あ、いえ、リニスさんのせいではないですし・・・」


テーブルに紅茶を置き、なのはさんは苦笑します。
申し訳なさそうに、困ったように微笑むリニスさんの隣。
そこには甘えまくるフェイトちゃんの姿。くっついて離れませんでした。


「リニス、リニスっ」
「どうしたの?フェイト」
「わぅ、わぅ、・・・きゅーん」
「ええ、私も寂しかったですよ」


頭を撫でられご満悦なフェイトちゃん。
どこか遠い光景のようになのはさんはそれを見詰めます。


(フェイトちゃんがあんなに自分から甘えてるの、見たことない)


甘えることは数多にあれど、あそこまでべたべたと甘えるフェイトちゃんを見たことがなのはさんはありませんでした。むしろ、べったり甘えてくれたことはありませんでした。
大抵、背中にくっついてくるだとか、膝に座りたそうにそわそわしてるだとか、遊んでほしそうにぬいぐるみを咥えてじっと見てるだとか。
おおっぴらに甘える、自分から積極的に甘える、なんてことはなかったのです。


「すごいでしょう?」
「リンディさん・・・」


そんななのはさんに気付いたリンディさんが小声で苦笑を洩らしました。
リニスさんとたまに会うと、ああなのよ。と。


「越えるのは難しい壁ね」
「そう、ですね・・・」


こちらも苦笑を返したなのはさんはリニスさんとちゃんと話もしたいし、とじゃれつくフェイトちゃんを離そうと腰を上げようとしましたが。
静かに制する腕に首を傾げればリンディさんの困ったような顔。


「止めた方がいいわ、なのはさん」
「え?」
「リニスさんにくっついてるフェイトに触れるのは無理よ」


確かにあのべったりを離すのは大変だろうけど、無理って言うのは大袈裟ではないか。
顔に出ていたのか、なのはさんの思考を読んだリンディさんはことさら小声で一言。


「危険なの」


真剣な瞳が嘘を付いているわけもなく。
その言葉になのはさんは困惑します。


「“最初の家族”以外がそんなことすれば、攻撃してくるわ」
「そんな攻撃なんて」


困惑顔のままに呟いたなのはさんにリンディさんは何故かニッコリ笑います。


「ええ、私にもありました。私のフェイトが私に攻撃なんてしてくるわけないじゃない≠ネんて思っていた時期が」


貴女と同じで。
言外にそう含み。


「でもね」


少しだけ悲しそうな笑顔。


「あの敵意の視線は堪えたわ・・・。凹んじゃった」


それは事実以外の何物でもなく、なのはさんは口をつぐむしかありませんでした。
小さく溜息をつき、リンディさんは続けます。


「ためしにクロノをけしかけたら全力で攻撃されそうになってね。リニスさんが止めてくれたから事なきを得たけど、止めなかったら血を見たわね」
「クロノ君をけしかけたんですか」
「知ってるでしょう?フェイト、スイッチ入るとなかなか止まらないの」
「スルーしましたよね?」


しかしいつの間にかいつものほんわかした空気に。
さきほどとは違う意味でのニッコリ笑顔になのはさんは言葉を飲み込みます。きっと何を言っても無駄です。


「でも実はね、なのはさん」


今度は何が、と眉をよせそうになるなのはさんは黙って言葉を待ちました。


「もっと越えるのが難しい壁が存在するのよ」


放たれたのは、さらなる試練。


「え?」
「もうすぐアルフと一緒に来るわ」


しかも接近中。
混乱する頭。遠くで聞こえたようなチャイム。


「おっじゃましまーす!!」


と、タイミング良く橙の毛皮を持つ獣族の声。家族の誰かが通したのか、“複数”の足音はリビングへと近づいてきます。
入口に見えた人影に反射的にいらっしゃい、のいを発そうとしたなのはさんの喉は震えませんでした。
その代わりに、幼い声が空気を大震撼させます。


「フェイトーーーーーーーーーッ!!!」

ガバシッ

「きゃん!!」「あらあら」


何者かにフェイトちゃんが強襲され、その犯人と共にリニスさんの方に倒れ込みます。
リニスさんはリニスさんで慣れているようで微笑みながらそれを受け止めていました。


「フェイト!フェイトー!!フェイトぉ!!」
「あ、アリシア、苦しいよ・・・」


フェイトちゃんに抱きついて頬ずりをするのは、金色の髪、紅い瞳、可愛らしい容姿、漆黒の毛並み。
同じ顔が、二つ。
なのはさんの思考は止まります。


「紹介してなかったわね、フェイトの双子の姉のアリシアよ」
「ふ、双子ぉ!?」


リンディさんの声に、なのはさんの若干裏返った声が続きました。


――――――


「フェイト、あーん」
「あ、む」
「おいし?」
「うん」
「じゃあ私もー」
「うん、アリシア、あーん」
「あむっ」
「おいし?」
「うんっ」


ケーキを食べさせ合う双子。
容姿は瓜二つ。雰囲気は相違。
そんな可愛い双子獣族の傍らにはタイプの違う美人獣族が二人。何という癒し空間でしょうか。


「フェイトちゃんって双子だったんですか!?」
「そう言えば伝えてなかったわね」
「なんで教えてくれなかったんですか!?」
「だって聞かれなかったもの」
「だってって・・・!!」
「フェイトの“今”を見て判断してほしかったのよ」
「リンディさん・・・ってそんな優しい微笑みで誤魔化そうとしても騙されませんよ!」
「・・・・・・ごめんなさい、実は忘れてたの。フェイトのうっかりさんは私譲りね」
「そんなとこで嬉しそうにされても・・・・!!」


そんな癒しの光景の少し離れたところでなのはさんは抗議していました。正直勝ち目はありません。リンディさんは受け流します。
溜息。


「で、あの子が最大の壁ですか?」
「リニスさんが無敵の壁なら、あの子は最強の壁、よ」
「無敵と最強・・・。あの最強っていうのはどう言った意味で?」
「フェイトほど狩猟能力はないけど、その分色々頭が回ってね」
「はぁ・・・」
「フェイトに近づく者は精神的に叩きのめしてたわ」
「ぅわぁ・・・・」


フェイトちゃんと同じ顔で、同じ声で、同じ姿で。辛辣な言葉を笑顔で炸裂させる様を想像して、なのはさんは何となく凹みました。ちなみに想像の際の元のイメージモデルに採用されたのは親友の一人だったとは言えません。


「何より、唯一無二。フェイトの本当の家族」
「フェイトちゃんの、本当の家族・・・」
「フェイトはアリシアを優先するわ。アリシアがフェイトを優先するようにね」
「たった一人の、姉妹・・・」


家族である四人をなのはさんは静かに見つめました。
しばらくそれを続けていると、視線に気付いたのかアリシアちゃんがフェイトちゃんをリニスさんとアルフさんに預け、こちらに近づいてきます。
目を丸くしていると可愛らしくお辞儀。


「初めまして、なのはさん。アリシアです」


何度も言うように、フェイトちゃんと雰囲気は違うといえど同じ容姿で他人行儀なアリシアちゃんになのはさんはどうともいえない妙な感覚に陥っていました。


「初めましてアリシアちゃん、フェイトちゃんのお姉さんなんだよね?」
「そうだよ、フェイトは私の一番大切な妹」


一番、大切な、妹。
一語一語強調されているような感覚。
それに違和感を覚えつつも笑顔でいたなのはさんに追撃が襲いかかります。


「フェイトが一番大切にしてるのも、私」


目を見開けば、そこには、見たことがないフェイトちゃんと同じ顔。不敵な笑み。


「だから、私の所に戻ってくる。絶対に」


絶対。強調された単語は明確。


「・・・・・・・・・他の人の所に行ってても、ね」


真っ直ぐ見据えてくる紅は、見なれた紅とは同じで違うもの。
真意を悟った蒼がそれを見据え返します。


「宣戦布告、かな?」
「勝利宣言、だよ」


幼い容姿と裏腹にニヤリと上がる口端。
言い終わると同時にアリシアちゃんはなのはさんに背中を向けてフェイトちゃんの元に駆け寄ります。


「フェーイト☆」
「きゃん!・・・・アリシア?」


そのままハグ。
フェイトちゃんの両手を握って、何やら訴えかけます。


「わぅ、わぅっ」
「わぅ?きゅーん」
「きゅーん、きゅーん・・・・」
「・・・・・わぅ?」
「わぅっ」


揺れる尻尾とぴこぴこ動く耳。獣語での会話の後。
それはいうなれば幼い獣の姉妹がじゃれ合う延長。
ぺろり、とフェイトちゃんがアリシアちゃんの口を舐めたのです。親愛の行動、とでも言えばいいのでしょうか。
これでいい?と首を傾げるフェイトちゃんに抱き付いたアリシアちゃんはなのはさんに向かって口パクで伝えます。



わたしのもの



未だかつてフェイトちゃんからちゅーしてもらったことがないなのはさんに轟雷が落ちました。
翌日、どんよりと濁ったオーラを放つなのはさんに顔を見合わせた親友二人は話を聞いてそれぞれこう言いました。


「ざまぁ♪」
「仕方ないよ」


涙も出ませんでした。
余談ですが。
帰ろうとするリニスさんとアルフさん、アリシアちゃんに涙目で縋って離れないフェイトちゃんを見てなのはさんがかなり凹んだことと、アリシアちゃんが勝者の笑みを浮かべていたこと。
そして。


「今度はバルディッシュも連れてきてあげますから」
「バルディッシュも!?」
「ええ、約束です。それまでいい子に出来ますか?」
「うんっ!!」


新たな名前に物凄く嬉しそうにするフェイトちゃんに対しても。


「バルディッシュって、誰・・・?」


さらに凹んだことも追記しておきます。









終わり


補足
アリシアちゃんとフェイトちゃんは黙っていればどっちがどっちだかわからないです
リニスさんは超女神
フェイトちゃん的に、対アリシアちゃん=無警戒、対なのはさん=前科から実はほんのり警戒
凹みすぎたなのはさんにも気付かないほど、リニスさんたちとまた離れ離れになったフェイトちゃんはやっぱりめそめそしていました、立ち直るまでかなりの時間を要しました
それにもさらになのはさんは凹みました


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