いぬふぇいと11



本日も快晴なり。
御夕飯の買い物を高町家の頂点より仰せつかり、可愛い獣族を連れて行こうとしたら狼種は兄の膝枕でタヌキのぬいぐるみを抱きしめて熟睡中だったのでとりあえず兄に全力でニッコリ微笑んだ後に渋々一人で買い物に出ていたなのはさん。
食材が入った紙袋を腕に抱えた帰り道、足が向いたのは時々散歩でやってきている海岸沿いの公園。


「・・・・・・あーあ」


灯台がある高台の下。本来ならば隣でぱたぱた尻尾を振る獣族がいるはずだったのに、と溜息を吐きふと見上げた空。


「わんっ!!」
「・・・・、え?えぇええぇえええぇッ!!」


上から降ってきたのは、わんこでした。


――――――


体操選手もびっくりなくらい綺麗に三回転半位して無駄に華麗にシュタッと着地に成功し満点!みたいな誇らしげな顔をしたソレ、いぬ科の獣族の無事を確認してほっと胸を撫で下ろすなのはさん。
見れば、その子は綺麗な濃い青色の毛並みの先が少し垂れた耳と、軽くくるんと曲線を描く尻尾を持つ幼い可愛い子。
当の本人はきょとんとなのはさんを見上げています。
何見てるの?どうしたの?って顔です。いやいやいや、と軽く頭を振りなのはさんは膝を折って獣族と視線を合せました。


「大丈夫?」
「わんっ」
「・・・・・・そっか」


ぶんぶか揺れる尻尾に気が抜けまくるなのはさん。
とっても天真爛漫っぽいこの獣族。人懐っこい笑みから視線をずらせばそこには毛色と同色の首輪。飼い主はいるようです。
その飼い主はどこだろう、と視線を巡らせたその時。


「スバルッ!!」
「あ、ティア〜っ!」


切羽詰まったような呼び声と、それに喜色満面で答える獣族。
声の方を見やれば、見知った人が獣族の無事な姿を見て重い息を漏らしていました。しかしそれもつかの間、つかつかと歩み寄りお説教開始です。


「馬鹿スバル!!あんな高台から飛び降りるなんて何考えてんのよ!!」
「だ、だってウミネコがすごく近くに居たから」
「ソレ追いかけて手摺乗り越えてノーロープジャンプする馬鹿がどこにいるのよ!!」
「えと、・・・・・はい」


ちっちゃく挙手する獣族・・・スバルちゃん、可愛らしいですね。
ちょっと垂れた耳が伏せられて、尻尾がしょぼくれているのも可愛さを増強させているとしか思えません。しかし飼い主の怒りを助長させることになったようです。


「この馬鹿!!」
「きゃんッ!!」


振り下ろされる怒号にびくっと跳ねるスバルちゃんの肩。
飼い主は怒っていました。


「今度あんな真似したら散歩はリード付きにするからね」
「り、リードやだ!!動き難いもん!!」
「じゃあ少しは大人しくしなさい」
「・・・・くーん」


やっと反省したらしいスバルちゃんに溜息を吐いた飼い主は。



「えーと、ティアナ?」
「な、なのは先輩!?」


やっと、なのはさん・・・学校の先輩に気付いたみたいです。


――――――


恐縮する後輩に苦笑いを浮かべながらも家に招待したなのはさん。
ティアナさんは対してはしゃぎまくる獣族を嗜めながらも所在無さ気にリビングのソファに座っていました。スバルちゃんも隣にお座りです。


「うちの子、お母さんと一緒に出かけてるみたい」
「あ、そうなんですか」
「くーん?」


紅茶とホットミルクをローテーブルに置き、首を傾げるいぬ種の頭をなでるなのはさん。
ぶんぶん揺れる尻尾を見ながらティアナさんが聞きます。


「いぬ科、ですよね?」
「うん、狼種」
「狼、ですか」
「普段はおとなしいから、安心してね」
「いえ、なのは先輩のうちの子に限ってそんな心配はしてません」
「・・・・・・・・、ぁー、信頼裏切るみたいだけど、ちょっとスイッチ入ると危ないかも」
「え!?」


苦笑気味に答えるなのはさんに驚くティアナさん。
そのスイッチはどんな時に入るかよく解ってないので少し焦っていました。
狼種の狩猟本能はとても高いとされ、自分より体格が大きくても倒してしまうと言われています。ティアナさん、ピンチ。・・・・・とまではいきませんが一抹の不安が残りました。


「ただいまー」「ただいま」


玄関の方向から二重和音。
なのはさんの帰ってきた、という言葉に緊張するティアナさんでしたが、リビングに顔を出した金色にそれは霧散しました。


「なのは、ただい・・・ッ」
「あら、お客さん?」
「あ、お邪魔しています」
「お帰り。後輩のティアナだよ、買い物途中で会ったの」


リビングにいる知らない人たちを認識するや否や桃子さんの後ろに隠れる高町家の獣族、フェイトちゃん。桃子さんの服の裾を握ってちらちら窺っています。人見知りです。
そんな姿にティアナさんの頬が緩みます。
ゆっくりしていってね。桃子さん微笑んで、フェイトちゃんを抱きあげます。


「じゃあフェイトちゃんは私と一緒におやつ食べましょうねー☆」
「お母さん、返して」


無言の笑顔の交渉が数秒、仕方ないわねと折れたのは桃子さんでした。
かつてないほど笑顔のなのはさんを見たティアナさんは悟ります。
あの獣族に手を出したら終わる、と。
奪取したフェイトちゃんを抱っこしてティアナさんたちの方に戻ってきたなのはさん。フェイトちゃんはなのはさんにしがみつき、耳としっぽが垂れていました。


「フェイトちゃん、怖くないよー」
「・・・・・・・・」
「あー、ごめんティアナ、こっち来てフェイトちゃんに挨拶してくれる?」
「わかりました」


ゆっくりと近づいてその手を伸ばしてくるティアナさんにフェイトちゃんが低いうなり声をあげます。


「ぅー・・・・」
「えと、唸ってますけども・・・」
「フェイトちゃん」
「ぅ。・・・・・・」


しかしそれも抱きあげている人物の一言で沈黙。
心なしか余計に伏せられた耳に苦笑を覚えつつもティアナさんは再び手を伸ばして鋭い紅に躊躇います。触って言いものかと。


「な、撫でてもいいですか?」
「・・・・・わぅ」


何故か敬語になってしまうのは先輩の獣族だからなのか、それとも違うのか。
了承を得た掌が金色に触れ、感嘆の声。


「ぅわ、すっごくサラサラ・・・」
「毎日の手入れは欠かしません」
「何処かに泊まりに行かなきゃいけない時とかはどうしてるんですか?」
「・・・・家族に任せてるけど、帰ってきてからとんでもなく構う」
「・・・・・・・・・」
「たぶんはやてちゃんが見たらウザいって怒るくらい構う」


真顔と書いてマジと読むような感じに言う先輩を見て、後輩は閉口しました。
飼い主の腕から下ろされたフェイトちゃんはどうやら慣れたらしく逃げることなくティアナさんを見上げています。


「・・・・・・・・・」
「くぅん?」


視線を落としてフェイトちゃんを見ればよく解っていない様子。とんでもなく可愛がられてる獣族は奇跡的に真っ白のままです。


「可愛がられてますね」
「わぅ」


ぱたりと尻尾を動かすフェイトちゃんに頬を緩めるティアナさん。
ふと、何か静かだなー、とティアナさんが思いソファに振り返りその理由が判明します。
そこには己の獣族が何かに物凄く興味を惹かれているようでした。
その視線の先には、金色の獣族。


じり・・・


「・・・・・・」
「・・・・・」


何だか身の危険を感じるフェイトちゃん。
きらきら輝いた新緑の瞳ががっつりこちらを向いていました。思わず後ずされば、追って伸びてくる俊足の片足。


「・・・・・わぅっ」
「わんっ♪」


ダッ


そして始まる逃走と追跡IN高町家リビング。


「わぅ!?きゅーん・・・ッ!!」
「わんっ!わぉんッ!!」


ダダダダダダダダダッ


逃げればめっさ笑顔で追ってくるスバルちゃんに若干の恐怖を覚えて走るフェイトちゃん。伊達に狼種ではありません。ソファ等の障害物なんてなんのその、縦横無尽に駆け巡りますが相手はめげません。


ダダダダダダダダダダッ


「わぅっ、ぅわぅっ」
「わん!!」
「ぅー・・・っ」


振り向いて何かを講義しているようですが、通じません。
しかしながら実は狼種の中でも最速を誇るフェイトちゃんの秘める力に食い下がるスバルちゃんの脚力は何なんでしょうか。日々の鍛錬でしょうか、飼い主追いかける的な。


「ぅー・・・・ッ!!」
「くぅん?」


しかし追いかけっこもそこまで、フェイトちゃんが立ち止まり、強硬手段へと移ったのです。警告は何度もしたぞ、と。


「ぐるるるる・・・・ッ」
「ッ!?・・・くーん・・・」


紅い瞳が凄く据わっていました。闘争本能よ、こんにちは。スイッチ入っちゃいました。
相手は狼種。しかも狩猟本能が強い。そのことを今更ながら理解するスバルちゃん。射抜くような視線に動けないスバルちゃんに、フェイトちゃんが駆けます。


「がぅっ!!」
「きゃぅんっ!?」


ドサッ


一瞬でスバルちゃんを組み敷いたフェイトちゃんが獲物の首に咬み付こうとしたその時。


「はーい、フェイトちゃんストップ」
「きゃんっ!!」


飼い主にひょいっと抱きあげられる狼種。
瞳を逸らされないように額を合わせ、なのはさんはめっ、と怒り顔。


「手加減してるのはわかるけど、仕留めちゃダメです」
「ぅー・・・・っ」


一応は手加減していた模様。
あれで手加減ということは、本気は物凄いことになりそうです。フェイトちゃんが成獣になったらなのはさんが心配ですね。主獣関係的な意味で。


「ダメだよー、唸っちゃ。ね?」
「・・・・・きゅーん」
「いえ、悪いのはこいつですから。なのはさんちの子を怒らないでください」


垂れ下がる黒の耳と尻尾。反省の色を示したフェイトちゃん。
それに満足したなのはさんにティアナさんが声をかけました。


「わんっ」
「ステイ」


足元に駆け寄ってきたスバルちゃんの方を見ずに待機命令。どうやら凄く怒っているようです。
しかしそれに気付かないのがスバルちゃん。素直に正座でステイです。元気に動く青い耳と尻尾。飼い主を見上げています。


「・・・・・・わんっ、くーん?」
「あれだけ言ったわよね?あんたの遊びの誘い方は無理やりすぎるって」


冷たい一瞥にやっと飼い主が怒っていることに気付いたいぬ種。元気よく動いていたそれもしょぼくれていきます。


「だって」
「だってじゃない」
「でも」
「でもじゃない」
「ティア大好き」
「それは関係ないでしょこのウルトラ能天気!」
「うるとら?あたし虎種じゃないよ?」
「ああもう頭痛い・・・」


こめかみに指をあてて俯くティアナさんに大丈夫と寄って行くスバルちゃん。今のやり取り、これがナカジマ家の主獣の全てな気がします。
黙って見守っていた高町家の飼い主が口を開きました。


「・・・・・・・・・、本当にギンガが言ってる通りだったんだ」
「くぅん?」
「・・・・・・・、関係ないけどギンガにフェイトちゃん会わせたら何だかすごっく喜びそうな気がするんだけどどう思う?」
「わぅ?」
「わかんないか」
「わぅっ」


こっちはこっちでほのぼのです。
こうして休日は騒がしくも平和に過ぎていくのでした。
おまけに。


「スバルに会うたやて!?ずるい!あたしも会いたい!そしてアリサちゃんにけしかけたい!!」
「はやてちゃん、動機が・・・」
「あわよくばそれを見たすずかちゃんがティアナにどんな反応するかめっちゃ見たい!!」
「・・・・・・・・」


その話を聞いたはやてさんがエキサイティングしていたと追記しておきましょう。





終わり


補足
ナカジマ家の獣族は弩級の飼い主馬鹿
このことが理由でスバルちゃんはフェイトちゃんに敵わないと、そしてフェイトちゃんを取り押さえたなのはさんにはもっと敵わないと認識しちゃったりしてます
フェイトちゃんは一度だけ寝起きになのはさんを仕留めそうになってしまった時があります、寝惚けて


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