いぬふぇいと10



「ただいまー。ぅー、寒いなぁ」


帰宅したなのはさんはほんのり文句を言いつつもローファーを脱いでいました。
コートとマフラーが標準装備になるこの季節。かと言ってスカートという制服はどうしようもなく否応なしに体温を奪っていきます。
しかしなのはさんにはこの季節に心強い味方がいるのです!!


「なのはっ」
「あ、ただいまフェイトちゃん」
「おかえりっ」


リビングからぱたぱた駆けてきたフェイトちゃんを膝立ちのままぎぅーっと抱き締めるなのはさん。そのままほぅ、と息を吐きます。


「あったかーい」
「わぅ」
「んー、ほっぺもあったかーい」
「なのはのほっぺは冷たいよ?」


寒い日の正しい暖の取り方、フェイトちゃんです。ただし出来る人は限定されます。
頬擦りをしながら、くすぐったそうにしつつも逃げようとはしないフェイトちゃんを満喫するなのはさんは思います。


(最初の頃はこんなこと出来るとは思わなかったもんなー)


そう。フェイトちゃんが高町家にやってきた当初、それはもう警戒しまくりの狼種への接し方に苦慮していた頃。触ることはおろか、近づくだけでも威嚇してくるフェイトちゃんにどうしようもなかった時期がありました。
なのはさんは思い出します。初めてフェイトちゃんの頭を撫でた時のことを・・・。


――――――


「今日もダメかー」
「まあ、ご飯食べてくれるようになっただけ良いでしょ」
「お風呂はアルフさんが入れにきてくれるし」


高町家の女性陣のが遠目にほんのり窺う先、リビングの一角。
そこには大きめのクッションの上で身を縮込ませている獣族の子供がいました。ハラオウン家よりとある事情で譲られてきた狼種のフェイトちゃんです。
ハラオウン家の人に警戒心が強く、懐き難いとは言われていたものの、さすがに一週間がたとうとしているのに近づくこともあまり出来ない状況に頭を悩ませていました。


「寝てても近寄ると起きちゃうしね」
「寝顔すら見たことないわよ」
「むしろちゃんと寝てるか心配だわ」


はぁ、とトリプルで溜め息をつきます。
相当困っているようです。しかしそれだけ手を焼くのならば、何故ハラオウン家にフェイトちゃんを戻さないのでしょうか。答えは至極簡単。


「わぅ?わぅ、・・・・・・・くぅん?」


周りに誰も居ないせいか警戒を解いて、置かれていた黒猫のぬいぐるみを物珍しそうに弄るフェイトちゃん。ふんふん匂いを嗅いだり、かぷかぷ甘噛みしたりしていました。


「可愛い」
「可愛いね」
「可愛いわ」


はぁ、と先ほどとは違う意味で漏れ出すトリプル溜め息。
懐かないことを差し引いても有り余る癒しを提供してくれるからこそ、フェイトちゃんは高町家に迎え入れられているのです。そんな光景をしばし見詰めたあと。


「私、もう一度試してみる」


なのはさんがフェイトちゃんの元に向かっていきました。なのはさんの気配を察知するや否やぬいぐるみを手放し、警戒態勢に入るフェイトちゃん。

「ぅー・・・・・ッ!!」
「うん、もうそっち行かないよ」


一メートルといったところでしょうか、そこまでなのはさんが近づくとフェイトちゃんが唸り始めます。それ以上の接近を許してはくれないのです。
なのはさんは微笑み、フェイトちゃんに語りかけます。


「フェイトちゃん」
「・・・・・・・・ぅー」
「何もしないよ?大丈夫」
「ぐるるるる・・・」
「・・・・・・・、私のこと、まだ怖いかな?」
「・・・・・・・・」
「そっか。・・・・初めてここに来たときも言ったけど、フェイトちゃんが嫌なら触ったりしないから、心配しないでね?」
「・・・・・・、ぅー」


少し哀しそうに眉を下げたなのはさんに唸るフェイトちゃん。
まだ心は開かれていませんでした。不安と恐怖から揺れる紅い瞳に内心どうしたらいいかもわからず、なのはさんはフェイトちゃんに微笑みかけていると。


「フェイトちゃん、お客さんよ」


リビングに二人を窺っていたはずの桃子さんが入ってきます。
なのはさんが振り向けば、桃子さんに続いて姿を現したのは。


「フェイトー。遊びに来たぞー」


橙色の耳と尻尾。人懐っこい天真爛漫な笑顔。大人の狼種。ハラオウン家の獣族、アルフさんです。
瞬間、なのはさんの隣を金色が一瞬で通りぬけました。それを反射的に目で追えば。


「アルフ!!」
「おーフェイト、いい子にして・・・はないか」


苦笑を浮かべるアルフさんの足にしがみ付いてきゅんきゅん鳴くフェイトちゃん。
その姿に高町家女性陣が打ちのめされているなんて知りません。とりあえずとても可愛らしいです。尻尾フルスロットルです。
しかしお客さんはアルフさんだけではありませんでした。


「フェイト!」
「きゃん!」


突如フェイトさんを捕獲し、抱き上げた人物がいました。しかもそれだけでは止まりません。


「ああもうフェイト!可愛い私のフェイト!今日も愛らしいわね!!」
「きゅ、ぅ・・・・。り、リンディさん、苦しいです・・・」


コレでもかってほど抱き締めて、頬擦りをはじめました。高町家女性陣の羨ましげな視線なんて気付きません。なのはさんが“私のフェイト”発言にほんのり嫉妬していることなんて気付きません。
フェイトちゃんに拒否されることなく抱き締めることが出来る人物、リンディさんの登場でした。フェイトちゃん溺愛っぷりは言わずもがなです。
さらに、お客さんはもう一人。その人は幼い獣族を全力で愛でる人物に溜め息を吐きつつ登場しました。


「母さん、フェイトが呼吸困難に陥る前に離して下さい」
「酷いクロノ!母さんからフェイトを奪う気!?このロリコン!!エイミィさんに言いつけるわよ!」
「な、何でそんな大事になるんですか!」


ハラオウン家でおそらく唯一の常識人、クロノさんです。
ここに、フェイトちゃんが育ったハラオウン家の住人が揃ったのでした。


――――――


「そうですか、やはりまだ警戒を解きませんか」
「ええ、色々試してはいるんですけど・・・」
「お手数をお掛けして申し訳ございません。フェイトを譲り受けていただいただけでもありがたいのに」
「いえ、フェイトちゃんを譲っていただいたことはむしろ私たちのほうが御礼を申し上げたいですから」
「恐縮です」


頭を下げるクロノさんにのほほんと笑顔を向ける桃子さん。
そんな大人な会話をしている隣では。


「ほらフェイト、とらさんのマペット持って来たわよー」
「わぅ、わぅっ」
「はぁ、癒されるわぁ」
「くぅん?」
「・・・・・・・。もう何この可愛らしさ!!」
「ぅぎゅ」


でれでれのハラオウン家家長と、愛でられてる獣族。
フェイトちゃんを膝に乗せてじゃらしてるリンディさんの顔は幸せに満ち溢れていました。隣の真剣な雰囲気など関係ありません。ぶち壊します。


「・・・・・・・・・・・。重ね重ね、すみません」
「いいですよ、フェイトちゃんも嬉しそうですし」
「・・・・申し訳ありません」


息子が項垂れていました。
実はかく言うクロノさんもフェイトちゃんにプレゼントとしてたぬきのマペットを持ってきていることは秘密です。ハラオウン家は間違いなくフェイトちゃんを中心に回っていたようです。


「フェーイト」
「わぅっ」


嬉しそうな呼び声に答えるかのように振られる尻尾。
そんな二人を向かいのソファからなのはさんがただ見詰めていました。


――――――


数十分後。
仕事だというクロノさんは先に帰り、ケーキに釣られたアルフさんが桃子さんと美由希さんとともに翠屋に行ってしまいました。
残るのは、三人。
ティーカップをキッチンに置きリビングに戻ってきたなのはさんに、リンディさんが顔だけ振り返り、手をピコピコ動かしていました。


「なのはさん、こっちこっち。なるべく静かに、ね?」


リンディさんの手招くままになのはさんはそおっとソファへと近づいていきます。
果たして、そこにいたのは。


「可愛いでしょう?」
「・・・・はい、凄く」


身体を丸めてリンディさんの膝枕で眠るフェイトちゃんの姿。リンディさんの服の裾をぎゅうっと握り、すやすやと寝息を立てていました。
その初めての寝顔を見ながら、なのはさんは呟きます。


「リンディさんたちが羨ましいです」
「どうして?」
「フェイトちゃん、私たちには全然懐いてくれないから」


困ったように笑うなのはさんに、リンディさんは微笑みます。


「あら、私も初めてフェイトと会った時は近づけなかったわよ?」
「え?」
「今でこそ無防備に寝顔を見せてくれるまでになってくれたけど、す・・・・・・っごく大変だったわ」


溜めに溜めたリンディさんの言葉から、相当の苦労を感じ取れました。苦笑して、視線をフェイトちゃんに戻したリンディさんがその頭をなでながら続けます。


「うちに来た時なんて今以上にアルフさんと、もう一人の獣族の方にべったりでね。感情表現もあまり出来なかったの」
「そうなんですか・・・」
「懐かせること自体も大変だったし、笑ってくれるようになるまでも時間が掛かったわ」


優しく金を梳くその手は、慈愛に満ちていました。
視線を上げたリンディさんは安心させるような笑顔を浮かべます。


「でも、大丈夫。私が出来たんですもの、高町家の皆さん・・・なのはさんが出来ないわけないわ」


それは、何故か出来ると思わせる言葉。
思わず頷いてしまうなのはさんに笑いを零して、リンディさんは予想だにしなかったことを口にします。


「なのはさん、フェイトの頭撫でてみる?」


突然の提案に、なのはさんが目を丸くします。


「だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫。この子、熟睡してると中々目覚めないから」


どうぞ、と言われて欲には勝てずにその金色へと手を伸ばすなのはさん。
初めて触れたそれは。


「ぅわー、手触りいい」
「でしょ?」


自慢げに口端を上げるリンディさんに苦笑するしかないなのはさん。
少しぎこちなく撫でる手を見ていたリンディさんが、またもや提案。


「手、この子の手に近づけてみて?」


それに従いなのはさんがフェイトちゃんの空いている方の手に、自分の手を近づければ。


ぎゅぅ


まるで縋るかのように握られた指。


「ぁ」
「慣れると平気なんだけどね。不慣れなところだと何かを握ってる方が眠れるらしいの。だから・・・」


言葉の続きをなのはさんがリンディさんの顔を見詰め返し待てば。


「フェイトがなのはさんに触れられるようになったら、こうしてあげてくれる?」
「・・・・・・・・・・はい、必ず」


真摯に頷くなのはさんに安心したリンディさんが、ふと何かを思い出したかのように付け加えました。


「あ、ただ気をつけてね?」
「へ?」


なのはさんが間の抜けたような言葉を発したその時。


かぷ

「ッ!?」
「あら、ごめんなさい、ちょっと遅かったわね」


なのはさんの指を襲う感触。
視線を下げれば、握ったなのはさんの指を口元に持っていって、あろうことかそれを咬んでいるフェイトちゃんの姿。


「この子、甘噛み癖がまだ治ってないの」


痛くない程度に感じる犬歯の感触だとか、ちっちゃい唇の感触だとか、少し高い体温だとか。
そんなものがダイレクトになのはさんに伝わります。
おまけに、寝言が追加。


「ぁぅ、ぅー」


今思えば、私のタガが外れたのはその時だったかもしれない。
そうなのはさんが日記に書いていたとかいないとか。それほどまでの衝撃を受けていました。
なのはさんの中で急激に湧き上がるナニかに気付かず、リンディさんは微笑みます。


「懐かせた後も何かと大変かもしれないけど。頑張ってね、なのはさん」
「全力全開で頑張ります」


なのはさんの蒼い瞳が決意に燃えていました。


――――――


「懐かしいなー」
「なのは?」


自室に戻ってきたなのはさんに首を傾げるフェイトちゃん。
それに微笑み返してベッドに腰掛け、フェイトちゃんを膝に抱き上げます。


「んーん、なんでもないよ」
「ほんと?」
「うん、ほんと」


首を傾げるフェイトちゃんの頭を撫でつつ、感慨に思うなのはさん。


(今は頭撫でられるもんね。・・・・・こんなことも出来るし)


しかしその感慨がほんのり変な方向に行ったようで。


「ひゃぅ!」
「うーん、あったかーい」
「な、なのはっ、手、やだっ、冷たい!」


なのはさんの手がいつの間にかフェイトちゃんの服の裾から侵入し、背中から直に体温を奪っていました。しかも手洗い後なので冷たさは格別です。
しばらく逃れようとするのをなんなく制し、ほんのり遊んでいたなのはさんが改めてフェイトちゃんの顔を覗けば。


「ゃ、やだぁ・・・っ!」


何とも言えない感覚に若干涙目になっていました。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


一瞬でなのはさんの目が遠くなります。


「・・・・・・・・・・・・・、ぁー、ダメ、無理」
「な、なのはぁ?」
「可愛いんだからもう」


そんな言葉を呟きなのはさんがフェイトちゃんにイロイロしようとして、しかしそれを桃子さんが登場とともに打ち砕くのはご愛嬌ということで。
今日も、高町家は平和です。





おわれ

補足
ここでもリンディママンは健在です
フェイトさんが懐いているという点で一番は山猫種です
なのはさんは基本自重しません、出来ません
ふぇいとちゃん可愛いよふぇいとちゃん


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