いぬふぇいと8



夏も終わり涼しくなった過ごし易い休日。
来客を告げるチャイムの音。
自宅でのほほんと紅茶を飲んでいたなのはさんは、ソファから立ち上がります。
飼い主の動きに耳をピクリと動かし、知識欲が芽生えて何やら難解な本を読んでいたフェイトちゃんもなのはさんの後ろをとてとてついて行きます。


「誰だろう、・・・宅急便かな?」
「くぅん?」


ハラオウン家から贈り物が届くのは日常茶飯事です。
主にフェイトちゃんの服とかおもちゃとかビデオカメラとかブルーレイディスクとかデジタルカメラとか大容量メモリーとか返信用の封筒(着払い)とか。
後者になればなるほど何を期待されているのか窺い知れます。
玄関に着き、見える人影は二つ。
来客の予定はなかったと首を傾げつつなのはさんが扉に手をかけたと同時に、フェイトちゃんの鼻がすんと動いて、あ、声を零します。
それになのはさんが気が付かなかったのは、幸か不幸か。


ガラッ

「こんちは☆」「こんにちは」

バシンッ


見知りすぎた2人組がそこに居て、なのはさんは思わず扉を閉めました。


――――――


「ちょ、何で閉めるん!?」
「どうしたの?」
「な、何で2人がここにいるの!?」
「遊びに来たからだよ?」
「事前連絡なし!?」
「あ、堪忍や、忘れてた☆」
「確信犯でしょ!」


扉を挟んでの攻防は、ご近所の目もあるし、結局ばれちゃってるし、諦めそうにないし、と三拍子で考え直したなのはさんが折れることで終幕しました。


「お邪魔しまーす」「お邪魔します」
「いらっしゃい・・・」


釈然としないなのはさんですが、理由はどうあれ動機がどうあれ親友が、はやてさんとすずかさんが遊びに来てくれたのです、軽く微笑んで迎え入れます。
そして親友来訪の理由にして動機である子はいきなりの事態に耳を軽く伏せて、なのはさんの後ろに隠れていました。


「お?何や、フェイトちゃん隠れてもぅて」
「人見知りするって言ったでしょ?」
「えーっと、私に、かな?」


この場でフェイトちゃんと初対面であるのはすずかさんのみ。
膝を折り、目線を合わせたすずかさんは、こちらを窺い見るフェイトちゃんに微笑みかけます。


「初めまして、フェイトちゃん」
「・・・・・ぅー」
「私はすずかって言います、よろしくね」
「ぅー」


低く唸るフェイトちゃんに困ったように眉が下がるすずかさんに、なのはさんとはやてさんは一言。


「すずかちゃん、匂い」
「え?」
「手の甲、近づけてみ」
「・・・・あ、そっか、・・・・・はい」


ゆっくり近づけられたすずかさんの手をすんすん嗅ぎ、ぺろりとひと舐め。
認識完了ですね。
それでもまだ警戒心は解かれていないらしく、なのはさんの服の裾をぎゅうっと握ってフェイトちゃんは飼い主を見上げます。


「なのは・・・」
「大丈夫だよ」
「・・・・・」


金色をぽむぽむ撫でて、かわいーなーもうとか思いつつなのはさんはフェイトちゃんに安心させるように笑顔を向けます。


「とりあえずはやてちゃんよりは安全だよ」
「ちょ!!なのはちゃん!?」


はやてさんにとって聞き捨てならない言葉だったのでしょう。
にこにこ微笑むすずかさんと意味の解っていないフェイトちゃんに視線を送られながらも反論開始です。


「だってすずかちゃんは、自分ちの子がいるでしょ?」
「あたしんちかて居るやん!」
「じゃあ、フェイトちゃんとザフィーラさん、どっちが可愛い?」
「フェイトちゃん」


清々しいまでに即答でした。
しかも真顔でした。


「ほら」
「いや素で答えてもぅたけど!!フェイトちゃんとザフィーラとじゃカテゴリちゃうやろ!!」
「フェイトちゃん、すずかちゃん、リビング行こ」
「待って!」


先に歩き出すなのはさんと、ソレを追いかけるはやてさん。
それをぽかんと見送るフェイトちゃんに差し出される手。
辿れば、すずかさんが優しく微笑んでいました。


「フェイトちゃん、行こっか?」
「・・・・うんっ」


フェイトちゃんは、初めてすずかさんに笑顔を向けてその手を取りました。


――――――


「・・・・・・ほんまにフェイトちゃんって人見知りするん?」
「ちょっと自信なくなってきた・・・」


なのはさんが紅茶を追加で淹れてリビングに戻ってきた時には、フェイトちゃんはすずかさんの膝に座っていました。
きっとすずかさんが乗っけたのでしょう、フェイトちゃん自身も特に緊張するでも嫌がるでもなくぴくぴく耳を動かしています。
己の親友とは言え、前回のはやてさんといい、短時間でここまでフェイトちゃんが懐くなんて思ってはいなかったのでしょう、なのはさんは戸惑い気味です。


「フェイトちゃん」
「なのはっ」


名前を呼ばれてすずかさんの膝から下り、駆け寄ってくるフェイトちゃんを抱き上げて、なのはさんは何となく安堵します。
フェイトちゃんのこの嬉しそうな姿は、他の誰にも引き出されたことはありません。
なのはさんだけの特権です。


「やっぱりなのはちゃんが一番みたいだね」
「そやなー、悔しいことに」
「えへへー」


嬉しそうななのはさんに首を傾げつつ、ぱたぱた尻尾を振るフェイトちゃん。
あなたのことですよ、解ってないでしょうけど。


「それで、どうしていきなり来たの?・・・・・・って聞くまでもないか」
「すずかちゃんも見たい言うてなー」
「ごめんね、なのはちゃん」
「自分ちのは見せてくれへんのになー」
「それはまた別問題だよ」
「・・・・・・・・・・諦めへんで」


親友2人に苦笑いを浮かべ、なのはさんははやてさん手作りのクッキーとすずかさんが持ってきてくれた外国産のチョコをもごもご食べているフェイトちゃんに視線を移します。


「あんまり食べるとお夕飯食べれなくなるよ?フェイトちゃん小食だし」
「きゅぅ」
「ほどほどにね?」
「わぅ」


こくりと頷き、両手で持っていたホットミルク入りのカップから口を離すフェイトちゃん。
その口元を拭ってあげるなのはさん。
微笑ましすぎます。
その光景を若干遠い目で見るはやてさんと、笑みを湛えて見るすずかさん。


「・・・・・・・・・・あかん、何やあの愛でる生き物」
「可愛いね」
「はやてちゃん、変な目でフェイトちゃん見ないでね」
「何で、何であたしだけやの・・・!?」
「何となく?」
「酷いッ!」


よよよと泣き崩れたかと思えば、さすがの再起の早さではやてさんは何やらごそごそ鞄を漁り始めました。
数秒後。


「じゃーんッ!!」


某未来から来た青い物体を彷彿とさせる、手にしたものを掲げるポーズ。
その手に握られているのは、そこそこの大きさのたぬきのぬいぐるみでした。
何故、たぬき。
しぱしぱ瞬きをして、ソレを見上げる親友二人。


『たぬき・・・』
「フェイトちゃんのおもちゃとしてぬいぐるみ作ったろ思て、一番最初に浮かんだのがコレやったんよ」
「へぇー・・・」「そうなんだ・・・」
「・・・・・・・・・何?その微妙に何か言いたげな視線」
『ううん、何も』
「釈然とせぇへんのやけど」
『気にしないで』
「・・・・まあええわ。さあフェイトちゃん!約束通りあたしが遊んだ、る、で・・・・?」


煌く笑顔で言われては、何も言えません。
ほんのりもやっとした何かを秘めつつも、はやてさんは本来の対象である金色に目を向けて、固まりました。
それを不思議に思った2人が視線を辿れば。


「・・・・・・・・・・・・ぅー、ぅゎぅー・・・ッ」


戦闘モードの獣族が、そこに。
紅い瞳は据わり、漆黒の毛並みは逆立ち、明らかに臨戦体勢でした。


「あ、あの、なのはちゃん?予想の斜め上の反応にあたしちょっとビックリしてんのやけど」
「ああ、大丈夫、ただフェイトちゃん闘争本能強いから。しかもソレ、たぬきだし」
「たぬき、あかんの?」
「あかんって言うか、ただ他の動物よりも反応するんだよね。マペットとかもたぬきの離そうとしないし」


何でなのかな、となのはさん。好みの問題らしいですね。
一拍後、ニンマリはやてさんが笑います。


「・・・・・注意事項は?」
「手は咬みはしないけど、ほどほどに、ね」
「らじゃー。よっしゃフェイトちゃんかかってき!!」
「わぅッ!!」


ソファから離れた場所で飛び掛ってくるフェイトちゃんに応戦するはやてさん。
ぶき:たぬきのぬいぐるみ。
何ともメルヘンですね、攻撃力絶対ないですよね。
あぎあぎ咬み付くフェイトちゃんに余裕の表情でぬいぐるみをぴこぴこ動かすはやてさん。


「ぅー、ぁぅーッ・・・!」
「おお、頸部にひと咬みか。一撃必殺やねー」
「・・・ぅー・・・」
「しかし八神印のぬいぐるみはその程度じゃ破れへん品質保証なんよ」
「ぅー、わぅーッ!」
「かいらしぃなー。こんなぬいぐるみにじゃれるなんてちっちゃい頃しか見れへんし。・・・・・・ってなのはちゃん何でデジカメ・・・」


ふとはやてさんが2人に視線をやればデジカメを構えたなのはさんと、紅茶をにこにこと啜るすずかさん。


「あ、ごめん、つい・・・・。そろそろ送んなきゃだってこと思い出して」
「送る・・・?」
「気にしないで」
「フェイトちゃんってぬいぐるみにじゃれるんだね」
「うん。すずかちゃんちはじゃれないの?」


紅茶をソーサーに置き、すずかさんは苦笑とも微笑みとも付かない表情。


「うちの子、そういうのにあんまりじゃれてくれなくて・・・」
「へぇー、よっぽど大人びた子なんねー・・・って甘いでフェイトちゃん」
「わぅッ」
「じゃあ何で遊んでるの?」
「んー・・・・、猫と遊んでるかな。あと最近ヴァイオリンに興味持ち始めたり」
「何ていうか、すずかちゃんちっぽいね」
「ヴァイオリンて・・・さすがご令嬢が飼うてる獣族、やることちゃうな・・・・ほい」
「ぅわうッ」
「まだ子供だから、ぬいぐるみとかでも遊んでほしかったんだけど」
「うーん、その子の性格だし仕方ないんじゃないかな?」
「そうかな」
「せやて。・・・・・見事に急所しか咬まへんね」
「ぅーッ」


そこでふと疑問が思い浮かんだはやてさんがフェイトちゃんをじゃらしつつも親友2人に顔を向けます。


「2人の獣族って、狼種なん?それともいぬ種?」
「私の家はいぬ種だよ、一応血統証付き」
「ほー。で、なのはちゃん、フェイトちゃんは?」
「・・・・・・・・・・・・えと、・・・」


言葉を濁すなのはさんに首を傾げる2人。
しばらくして、なのはさんが口を開きます。


「解んなかったり、して・・・にゃはは」
「・・・・、わ、解らへんの?」
「う、うん」
「元の家、・・・ハラオウン家だっけ?そっちのご家族は知ってるんじゃないかな?」
「どうだろう・・・、でも聞いてない・・・」


どうやらフェイトちゃんはいぬ科であることは確定らしいですが、種はわかっていない模様です。


「はやてちゃん、狼種といぬ種ってどう違うの?」
「んー、そんな違いないと思うけど」
「攻撃的になる、とか」
「まさか。うちの子かて寡黙で大人しい縁の下の力持ちっていう感じやし」
「あ、そっか」
「でも狼種の方が体格おっきなるで」
「へぇ、そうなんだ」
「フェイトちゃんが狼種やったら、おっきくなったらなのはちゃん敵わんかもなー」


軽くけらけら笑うはやてさんはそのままフェイトちゃんをじゃらすのに夢中になり、それを眺めるなのはさんとすずかさん。
こうして休日の昼下がりは恙無く過ぎていくのでした。


――――――


翌日の学校の休み時間。
いつも通り雑談に勤しむ3人。


「何や、すずかちゃん嬉しそうやな?」
「うん?そうかな」
「何ぞいいことでもあったん?」


いつもより3割増しで微笑んでいるすずかさんにはやてさんが問います。
それに本当に嬉しそうにすずかさんは答えました。


「うちの子がね、ヤキモチ妬いてくれたの」


なるほど。
それは嬉しいでしょうね。
幸せですオーラを発するすずかさんに微笑むなのはさん。


「すごく嬉しそうだね」
「解ってへんな、なのはちゃん」
「え?」


神妙に呟いたはやてさんが、カッと目を見開いて言い放ちます。


「ツンデレがヤキモチやで!?」
「はやてちゃん、熱くなりすぎ」


長い付き合いとは言え、この親友の言動はいつも予想外。
なのはさんが溜め息をつきます。


「で、なのはちゃんは何で少しテンション落ちてるん?」
「な、何でもないよ」
「ふーん」


何とか誤魔化したものの、なのはさんの思考を占めるのは昨夜の出来事。
夕食を終えた食休み、携帯を手にするなのはさん。
掛けた相手は。


「あ、もしもしクロノ君?あの、ね・・・・、あの、フェイトちゃんって、何種?」
“言ってなかったか?狼種だ。それがどうかしたのか?”
「あ、ううん、何も・・・」


ハラオウン家の長男でした。
狼種。
それが、フェイトちゃんの種族。
通話を切ったなのはさんの脳裏に蘇る親友の言葉。




「フェイトちゃんが狼種やったら、おっきくなったらなのはちゃん敵わんかもなー」




ほんのり、フェイトちゃんの成長に一抹の不安を抱いたり抱かなかったり。





おわれ

補足
八神印のぬいぐるみはフェイトちゃんのお気に入りおもちゃ暫定一位になりました
いぬ科は匂いに鋭いです
ツンデレのヤキモチは希少価値あり、とははやてさん談
フェイトちゃんが何故たぬきに反応するのか、私の好みです、サーセン


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