いぬふぇいと4



某有名進学女子校の生徒である八神はやてさん。
容姿端麗、成績優秀、まさに才色兼備。
ほんわかしたお調子者。和ませるのはお手の物。
そんなはやてさんが図書館に行った帰り、閑静な住宅街の道で。


(なんや、あのピコピコ動いとる黒いのは・・・)


曲がり角から、漆黒の毛並みをしたモノが見え隠れしているのを発見したのは、偶然か、運命か。


――――――


それを見つけたはやてさんは好奇心も相まって曲がり角からひょいっと顔を覗かせれば。


「きゃぅっ」


ビックリしたのか涙目でこちらを見上げるわんこでした。
はやてさんの背後に雷鳴が轟きます。


(歩く生物兵器・・・!!)


そこにいたのは綺麗な金髪、透き通るような白い肌、紅玉を思わせる瞳、漆黒の立ち耳と尻尾。
総合して簡潔に言えば、可愛い生物でした。
慄くはやてさんに警戒して脅えているのか、微妙に耳を伏せて尻尾が巻き込まれたわんこ少女。
はっとしたはやてさんはようやく行動を再開します。


「ああ、怖ないよー、そないに脅えんでもええって」
「・・・・・ぅー・・・」
「あー、っと。こういう子への挨拶ってなんやったっけ・・・・、あ、せや」


可愛らしい外見とは裏腹にほんのり低く唸るわんこ少女にはやてさんはやんわりと手の甲を近づけます。
挨拶は匂いから。


「・・・・・・・」
「怖ないよー、なんもせぇへんから、ね?」
「きゅーん・・・」


ふんふん鼻をひくつかせていたわんこ少女がぺろ、とはやてさんの手の甲を舐めました。
所謂、貴女を認識したという合図なのですが。


(お持ち帰りしてもええやろか)


若干はやてさんの目が遠くなったのは仕方がないことでしょう。
気を取り直したはやてさんは膝を折って目線を低くし、わんこ少女に話しかけます。


「私ははやて言うんや。お名前は?」
「フェイト・・・」
「フェイトちゃんかー、ええ名前やね」


にこりと微笑んであげれば、ふんわり微笑んで尻尾を微妙に揺らすわんこ少女改めフェイトちゃん。
はやてさんの視線は、フェイトちゃんの首元に向きます。


(首輪もしてへんし、野良・・・?いや、こんな子が野良なわけないか・・・・)


手入れのされた髪と毛並み。
衣服もシンプルながら可愛らしい物。
明らかに大切にされている証拠です。
となると、結果は限られます。


「飼い主と逸れたん?やなかったら、迷子?」
「お使いしてて、それで・・・」
「そか」


その手に持つのは紙袋、迷子確定です。
俯いて、感情に連動した尻尾が垂れていくフェイトちゃん。
その頭を優しく撫でて、はやてさんは言います。


「そんなら私と一緒にお家探そか」
「え?」


きょとんとはやてさんを見上げたフェイトちゃんでしたが、その微笑みを見て、はい!と頷きました。


(・・・・・・・・・いや、あかんて、お持ち帰りはだめやって)


はやてさんの良心は何とか保たれています。


――――――


ちゃっかり手を繋いだはやてさんは隣をてこてこ歩くフェイトちゃんに歩調を合わせながら問いました。


「で、お家どんなとこなん?」
「お家じゃないです」
「はい?」
「お店です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、ああ、お店出しとるお家なん?」
「はい」


空気が読めることに関してはスキルがものごっつ高いはやてさん。
それをわざと読めない振りをすることも多々ありますが、フェイトちゃんの言いたいことはわかったようです。


「あ、フェイトちゃん」
「何ですか?はやてさん」
「丁寧な言葉やなくても、ええよ?」
「でも・・・」
「ええから、好きなように呼び」
「えと・・・・はやて?」
「ん、そや」


立ち止まってぽむぽむフェイトちゃんの頭を撫でれば、ぱたぱたを左右に揺れる尻尾。
どうやらはやてさんは信頼における人だと認識されているらしいですね。
さすがいい意味で空気ブレイカー。
最も、フェイトちゃんは人を見る眼があるらしいので変な人には懐かないのですが。


「それで、お店からお使いに出たんよね?」
「うん」
「何売ってるお店?」
「甘い物」
「ケーキ屋、喫茶店ってとこやろか・・・」


んー、と思考を巡らすはやてさん。
この地域で甘い物を売っているところを選別しつつ、はやてさんはフェイトちゃんに視線を向けます。
はやてさんの手をしっかり握っててこてこ歩くその様は。


(綺麗な子やなー)


紛れもなく、美少女。
これは飼い主が溺愛しないわけがないでしょう。
しつけもばっちりな様子ですし、良い子です。


「はやて?」
「ん、あ、何でもないよ」
「?」


視線に気付いたフェイトちゃんに苦笑いを返せば小首を傾げられました。
誤魔化すようにはやてさんは話題を変えます。


「フェイトちゃんの飼い主さんってどんな人?」
「あったかくて、いい匂いで、ぎゅーってしてくれて・・・・・凄く、優しい人!」
「ふーん、フェイトちゃん、飼い主さんのこと大好きなんやね」
「うんっ」


よっぽど飼い主さんが大好きなのか、フェイトちゃんの尻尾はぱたぱた振られていました。
それを微笑ましく見つつ、はやてさんは続けます。


「しつけとかもちゃんとしてるみたいやし」
「ッ!!」

ガサッ


しかしその一言によって、ビクリとフェイトちゃんが過剰に反応して立ち止まってしまったのです。
紙袋が手から落ちて、音を立てました。
慌ててはやてさんがその前にしゃがみ込んで窺えば。


「ふぇ、フェイトちゃん?」
「・・・・・・・・ぅ、ぁ・・・」
「どないしたん?」
「・・・・・ぁ・・・」


何を思い出したのかは解りませんが、服の裾を握ってぷるぷる頭を振るフェイトちゃん。
ぎゅっと瞑った瞳の目尻には涙さえ見えるようです。


(マズ、地雷やったな・・・・)


後悔しながらもはやてさんは優しくフェイトちゃんを抱き締めました。
ゆっくり頭を撫でて、落ち着かせるように言葉を紡ぎます。


「大丈夫や、大丈夫。私はしつけなんてせぇへんよー」
「・・・・・は、や・・・・」
「うん、そう、ここにいるのは私や」
「はや、て」
「私は飼い主さんとちゃうから、しつけとかせぇへんでフェイトちゃんと遊ぼかなー」
「遊ぶ、の?」
「せや。私がフェイトちゃんの遊び相手になったる」
「ほんと?」
「ほんと。八神は嘘つかんよー」


にぱっと笑うはやてさんに安心したのかふにゃっと笑ってぐりぐり肩口に額を押し付けるフェイトちゃん。
この短時間でここまで懐かせるとはさすがと言えるでしょう。


(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、あかんって、お持ち帰りはあかんって!!)


良心が色々と大変みたいですけど。


――――――


とりあえず商店街に向かって歩いていくはやてさんの思考は巡ります。


(飼い主さんは大好きやけど、しつけは好きやないみたいやねー・・・・、まあ当たり前やけど。せやけどあの反応はちょぉおかしいような気も・・・何してんやろ・・・)


様々な推測をしているはやてさんを疑問符を浮かべて見上げるフェイトちゃん。
そして商店街の一角につくと。


「あ」
「ん?どないした?」
「ここ、解る」
「お家までの道解るん?」
「うんっ」


フェイトちゃんが知っている道に辿り着いたらしく、嬉しそうにフェイトちゃんが頷きました。
どうやらお家探しも終わりのようです。


「ほんならお別れやねー」
「ぁ」
「そないな顔せんでもええって」
「だって、はやて・・・」


哀しそうな顔になるフェイトちゃんの頭を撫でるはやてさん。
きゅっと握られた手は中々離れてはくれません。


「んー・・・・、せやったら今度会ぅた時は遊ぼ?」
「遊ぶ・・・?」
「そ。約束」


小指を差し出したはやてさんに困惑しつつも小指を絡めるフェイトちゃん。
ゆびきり。


「今度は迷子にならんようにな」
「うんっ」
「じゃあ、早ぅ帰り」
「またね、はやてっ」


手を振ってから駆け出すフェイトちゃんの後姿を見つつ、はやてさんは呟きます。


「またね、か・・・」


それがくるのは、いつになるのでしょうか。
少しだけ寂しくなった片手を軽く握って、はやてさんも帰路に着きました。


――――――


某有名進学女子校のとある教室。
そこに学校内でもトップクラスで有名な部類に入る二人が話していました。


「なのはちゃん聞いてや!昨日ちょーかわいー子に会ぅたんよ!!」
「へー」
「反応薄ッ!!」


パックジュースをじゅーっと啜りながらなのはさんは親友の言葉を軽く流していました。
愛でる生き物が家にいるのでなのはさんはちょっとやそっとの可愛い子とか綺麗な子には反応しないのです。


「いぬ科の獣族の女の子やったんやけど、最初は警戒しててな」
「ふーん」
「でも警戒心解いてからはめっちゃ可愛いねん」
「ふえー」
「・・・・・聞いとる!?」
「聞いてるよー」


しかし数分後。
尚も可愛かったと連呼する親友に妙な対抗意識が頭を擡げたなのはさん。
うちの子の方が可愛いもん、の精神です。


「私、もっと可愛い子見たことあるし」
「いやいや、アレを超えるのはちょぉ無理やない?むっちゃ可愛いかったんよ?」
「うちに居るもん」
「ああ、そういえばなのはちゃんも飼ぅてるんやっけ」
「譲ってもらったんだけどね」
「そこまで言うんやったら、今度会わせてくれへん?」
「いや」
「何で!?」


一刀両断された提案に抗議する親友になのはさんは言い切ります。


「会ったら絶対気に入るから」
「なんやのその独占欲」
「だって凄く可愛いから」
「未だに名前も教えてくれへんし」
「私のだもん」


呆れたように溜め息をつく親友。
もちろんなのはさんは真剣極まりません。


「はやてちゃんにもあげない」
「どんだけやねん」


親友から特大の溜め息が洩れました。





おわれ

補足
迷子になったことをフェイトちゃんは内緒にしています、躾が怖いから
故にはやてさんのことも家族の誰にも言っていません
勝手にお使いに行かせた士郎さんは、後に奥さんによりお話されました
なのはさんに懐いてからフェイトちゃんはそれなりに人懐っこくなっています


inserted by FC2 system