いぬふぇいと2



夕方のことです。
高町家リビングにて。
床に胡坐で新聞を読んでいる恭也さん。
その膝の上にちょこんと座っているのは。


「あぅ、わぅ・・・わぅ」


恭也さんがゲームセンターで取ってきてくれた兎のぬいぐるみをあぐあぐ甘噛みしたりして遊んでいるフェイトちゃんでした。
それなりに楽しい様で黒い立ち耳がぴこぴこ動いています。
近くに座っている美由希さんが凝視するほど可愛らしい姿なのですが、恭也さんは特に反応を示しません、さすが高町家のお兄ちゃん。
ハラオウン家で同じようなことがあったかららしいのですが、フェイトちゃんは恭也さんの膝の上に座るのが好きだったりします。
ところで、ある人物をお忘れではないでしょうか。


「・・・・・・あ、そうだ恭ちゃん、なのはは?」
「宿題中だ」
「ああ・・・なるほど」


そう。
フェイトちゃんが自他共に認める一番懐いている人物を。
なのはさんが試験勉強等の勉学に関することをしている時、フェイトちゃんはなのはさんから隔離されます。
それは。


「フェイトちゃんが傍に居ると、なのはは絶対構いたくなるからダメよ?」


高町家の頂点に君臨する人が決めた不文律でした。
何人もそれに反することは出来ません。
ちなみにフェイトちゃんに対しては。


「なのはの勉強が終わるまで待ってようね?なのはが補習とか受けたらフェイトちゃんも嫌でしょ?」
「ほしゅう?」
「んー・・・・、ある意味罰、みたいな」
「っ!!いやですっ!」
「だったらなのはが勉強中はなのはの傍にいちゃダメよ?我慢、ね?」
「はいっ」


言い包めてあります。
「なのは、勉強中は邪魔しないよっ」と超意気込まれて言われては、さすがになのはさんもがっくり肩を落とすしかありませんでした。
故にその時間はフェイトちゃんの相手をするのはなのはさん以外となるのです。


「で、何で恭ちゃんの膝の上にさりげなくフェイトちゃんが座ってるの?」
「いや・・・新聞読んでたらフェイトちゃんにじーっと見られてな・・・・・」
「へぇ」
「ぬいぐるみ持ってたから遊んで欲しいのかと思ったら、ぷるぷる首を振られて・・・。座る?って聞いたら、こうなったわけだ」


パシィッと美由希さんが口元を押さえます。
それに恭也さんが首を傾げれば。


「ぬいぐるみ持ったままじーっと見られたですって!?」
「驚くところはそこなのか」
「破壊能力が上がるでしょ!!」
「・・・・はかい?」
「この馬鹿恭ちゃん!!」
「馬鹿って・・・」


何故か怒られました。
いいなーいいなーとかぶつぶつ言っている美由希さんは、間違いなくなのはさんのお姉ちゃんです。
若干呆れた目でその姿を見ていた恭也さんが、服を引っ張る感触に視線を下げれば、フェイトちゃんが見上げていました。


「どうした?」
「ケンカは、だめ、です」
「ああ・・・、ケンカじゃないよ」
「ほんと?」
「本当」


返答に安心して笑うフェイトちゃんに微笑み返す恭也さんですが、次の瞬間再び抗議を受けることとなります。


「恭ちゃんズルイ!」
「何でだ」
「その“何となく安心できるポジション”ズルイ!!」
「意味が解らん」


ムキャーっと不満を表す美由希さんに困惑しまくる恭也さん。
ちなみにフェイトちゃんは二人がじゃれているという考えに至ったらしく、ぬいぐるみをあぐあぐしながらその様子を見ています。止める気はこれっぽっちもないようです。


「ともかくズルイッ!!その場所代わrあ、やっぱいい」


と、今までの勢いが嘘のように美由希さんがストップ。
それを訝しんだ恭也さんが眉を寄せると、ある一点を一瞥した後、美由希さんは言いました。


「恭ちゃん、リビングの入り口のところ見てごらん」
「え?」


疑問符を浮かべる恭也さん。
言われるがままに視界から少し外れていたその場所に視線を動かせば。



そこに立っていたのは、笑顔のなのはさんでした。



蒼い瞳が某撃墜シーンを彷彿とさせる仕様になっているのは言うまでもありません。
冷や汗が、恭也さんの背中を伝います。
なのはさんがフェイトちゃんを溺愛しているのを知らない家族はいません。
ブリキのおもちゃのように首を無理矢理元に戻し、美由希さんを見上げて恭也さんは問いました。


「・・・・・・・・・、これはどうやって回避するべきだと思う?」
「無理じゃない?」


たった六文字で恭也さんの明るい未来は潰されました、しかも笑顔で。


「兄を心配してくれ」
「だって恭ちゃんだしー」


当事者と言う名の被害者(確定)ではないので美由希さんは超軽い口調。
まるで報いだ、とでも言いたげな表情でした。効果音はニヤリ。
妹に見捨てられ、そして妹に折檻されそうな兄は、高速で思考を回して打開策をひねり出そうとします。
十秒後。
恭也さんは爽やかな笑顔でフェイトちゃんに言いました。


「フェイトちゃん、なのはが来たぞ」
「っ!!」


その言葉にぴんっと耳が立ち、ぱったぱた尻尾を振りながらフェイトちゃんはリビングの入り口を振り向きます。
兄姉は見てしまいます。
一瞬であの笑顔から満面の笑顔にチェンジする妹の妙技を。さすがすぎました。


「なのはっ」
「おいでフェイトちゃん」


姿を確認するや否や、すぐに恭也さんの膝から離れて自分の足元に駆け寄ってきたフェイトちゃんを抱き上げるなのはさん。
耳元で聞こえるきゅーんとかわぅとか嬉しそうな声にさらに腕の力を込めます。
しばらく堪能した後、なのはさんは床にフェイトちゃんを下ろしました。


「お勉強終わった?」
「うん、終わったー。これでフェイトちゃんと遊べるよ」
「遊んでくれるの?」
「もちろん」


ふにゃっと微笑んで尻尾を先ほどより振るフェイトちゃん、よほど嬉しいのでしょう。
何この可愛い生き物、とか思いつつなのはさんは肌触りのいい耳と髪を撫でます。
恭也さんは思います、握り拳で。
やり過ごせた、と。
しかし。


「じゃ、先に私の部屋行っててね」
「うんっ」


てててーっと姿を消すフェイトちゃん。
和み成分たっぷり含有の生物がいなくなったことにより、雰囲気が先ほどのものに急激に変わっていきました。
恭也さんには冷気さえ感じるほどの空気。
ゆっくりと、なのはさんがフェイトちゃんを膝に乗せていた人物に向き直ります。


「お兄ちゃん」
「な、何だ?」
「あとで、お話あるから・・・」


笑顔で“お話”の、宣告。
兄の運命は見つかった時点で決まっていたのです。
固まる恭也さんをニマニマ見ていた美由希さんにも、次の言葉で衝撃が走ります。


「あ、お姉ちゃん」
「へ?」
「宿題終わったから、今日も私がフェイトちゃんお風呂に入れるね」
「えーーーーーッ!!!」


美由希さんの声が、高町家に響き渡りました。





おわれ


補足
フェイトちゃんはブラッシング好き
甘噛みは以前は指とかにもされてました
横で眠るとくっついてきます
寝起きはあまりよくないです


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