そばにいろ



※女の子の日ネタだよ




お腹が痛い。
昨日から始まった月に一度の痛覚を遮断したくなる期間。
痛い。
自慢じゃないが痛みが酷い方だ。そう自覚したのは中等部を卒業してからだろうか。
仕事のストレスによるものだと思っていたがどうやらそうじゃない。これは徐々に勢力を増してくるタイプの痛みだ。
カムバック、初等部後期のわたし。本当に、あの頃のほぼ痛みがなかった時に戻りたい。
痛い。
そうも言っていられない。仕事がある。これでも忙しいのだ。こんなことをしているわけにもいかない。
打ち合わせや書類処理や仕事なんてちょっと見回せば山ほど出てくる。出てくんな。
デスクワーク中心にしたって、ずっと座ってたって、座ってるからこそ、辛いのだ。
痛い。
痛い。

「痛いんじゃアホおおおおおおおおおおおおおお!!!」

完全防音なのをいいことに叫んだ。
睨みつけた天井。突っ張っていた腕を緩めて、また机の上に蹲る。
痛い。
声がお腹に響いて痛い。
もう色々と痛い。
何をしても痛い。
鈍痛と鋭痛。めまいに吐き気。だるい。きつい。苦しい。痛い。
引き結んだ唇が、嫌に冷たく感じる。
だめだ。寒い。指先も冷える。
痛い。
吐き出した息が掠れる。下腹部に掌を重ねたって変わりもしない。
瞼の裏で焔が燻ぶる。眉間に皺が寄るのを自覚している。奥歯を噛みしめて。靴を脱ぎすてて。椅子の上に丸まる。
痛い。
痛い。
どうしてわたしだけ。何でわたしばっかり。
何度も繰り返した意味のない思考。繰り返せざるを得ない。だって痛いんだから。むかつくから。腹が立つから。
どうしようも出来ないから。
わたしのお母さんももしかしたらこうだったのかもしれない。そう思うと口端が引きつるみたいに笑えた。わあい。お母さんの娘やなぁ。
こう言う時、うちの子たちはもちろん心配してくれる。
けれど、どうしたって共感することは出来ない。それはそうだ。仕方ない。わたしはそれをわかってる。それについてどう思うわけもない。
心配してくれる。その気持ちだけで嬉しいから。
悲しそうな、申し訳なさそうな顔を思い出す。だから、わたしはこの期間だけ、あまりうちの子たちを周りに付けない。
一家のおかあさんやからな。うん。おかあさんが辛そうだと、子供たちも辛くなるもんや。
うん。
うん。

「いたい」

これはだめだ。今日はだめだ。
もうだめだ。
何度目かわからないけど、だめだ。
ゆっくりと立ち上がる。不快な感触が伝わって、それすら構っていられない。足先に靴を引っ掛けて、引き摺るように、机やソファや壁を沿って、執務室備え付けの寝室に向かう。ベッド大きいとこにしてて良かった。固くて狭い仮眠室のベッドなんぞ嫌だ。せめて寝具は上物を要求する。当事者の状態が最悪だから。
電気なんて付けない。面倒くさい。必要最低限の動き。上着を落として。ベッドに這い上がる。
四つん這いで、とりあえず真ん中あたりに到着。へたりこんだ。

「いたい、なん、いたいねん、なんなん」

もう音なのか息なのかわからない。唇が冷たい。
手元に引き寄せた枕を叩く。一度目でその振動までもお腹に来て布地を握りしめた。
スカートのホックを外して、ベッドに横になる。脱ぐのはもういい。だるい。
目を瞑る。元々暗かった視界が真っ暗になる。
お腹を守るみたいに丸まって、枕をぎゅうぎゅう抱きつぶす。お前もこの痛みを味わうがいい。
痛みの波が襲ってきて、掴んだ布地が嫌な音を立てた。
ぅあ、あ、あ、ぁぁ、あ、やだ、もうやだ、なんでいたいの、ほんとやだ、いたいのやだ、なんでなの、いたい、いやや、いやや、いたい、いたい、いたい、ごめんなさい、いたい、ゆるして、いたい、いたい、いたい、いたい、もういややぁ。
頭の中ずっとそんなん。おでこを枕に押し付けて、波が去るのを待つ。目が痛い。目が熱い。
痛い。

「はやて」

声。
わたし以外の、音。
ふっと、息が抜けた。

「起きてる?」

眠れるか。こんな状態で。あほ。
ベッドが軋んで、すぐ近くに、すぐ傍に、存在。
指先がわたしの髪を梳いていく。いつもみたいに。普段より優しく。今だけの撫で方。
鼻先に触れる匂いは、もう、紛れもなく。
寝返りをうつみたいに見上げた先には、やっぱり金色と紅。

「シャマル先生の薬、飲んだ?」

飲んだわ。すぐ飲んだわ。あんまり効かんの知ってるやろ。
目で返す言葉をこの人は全部わかってくれるから。言葉を出すのがもうしんどいのを知っていてくれてるから。
ベッドの上に座り直したその太腿に、頭を乗っける。枕ちょっと使ってるから、変わりの枕になれ。改めて、丸まる。
見詰めるのは、くびれた腰。お腹。黒い制服の上着がない。気付いたとほぼ同時に身体に掛けられていた。厚手のそれがあたたかいのをよく知っている。耳の後ろから首筋、脈に触れてくる指先。

「何か食べたいものある?」

あるかボケ。痛いんじゃ。
色々買ってきたから。あとで見てね。
手土産持ちとは良い心がけじゃないか。あとで見よう。今は見れない。動きたくない。

「えっと、今日から?」

落とした視線の先。ベッドについた手に、手を伸ばす。掴んだ人差し指と中指。
この人と同じ温度ってことは、かなり指先が冷えているようだ。

「そっか」

そっかじゃないわ。痛いっつってるやろ。
指を握りこめば、痛いよ、ってざまぁ見ろ。わたしはもっと痛い。
見上げる。

「うん?」

けれど。

「うん。明日の朝まで、傍に居られる」

悔しいけれど、傍にいるとほんの少しだけ、痛みが和らいだ気がするから、許してやろう。



執務官にはシャマル先生から連絡が行きました。

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