段差



「フェイトちゃん」
「うん?」



放課後。遠くで運動部の掛け声が聞こえる、人気のない校舎。
呼び声にフェイトさんが振り向けば、そこには誰も居ませんでした。
先ほどまで隣にいた人はおらず、首を傾げればまた呼び声。
つい数秒前に通り過ぎた曲がり角を戻れば、その向こうには階段。


「ちょぉ、こっち」


果たして、そこに呼び主はいました。
階段の踊り場……ではなく、それこそ、三段上がっただけの場所。
そこでにこにこと笑顔を浮かべ、きょとんと佇むフェイトさんに彼女は、はやてさんは手招きしました。


「こっち」
「え?」


手招きの意味がわからず首を再度傾げるフェイトさん。
尚も、こっち、と手招きされても何だか過去の経験から嫌な予感もするフェイトさんがその場を動かずにいると。


「ええから、ずべこべ言わんとこっち来ぃ!」


怒られました。
理不尽な怒りを受けながら、フェイトさんは訝しげにはやてさんへと近寄ります。
階段に差し掛かろうかという時、目の前に出された掌。


「そこ、階段の下でストップ」


制止の合図。
意図がわからずはやてさんを見るフェイトさん。
それでも何も言わずに何故かこっちをじっと見るはやてさん。
一呼吸。


「つむじ見ーえたっ」


とてつもなく嬉しそうに、それこそ弾むような声がはやてさんから発せられました。
その顔は、もちろん笑顔。鼻歌さえ奏でかねないご機嫌ぶりです。


「はい?」


対して、さっぱり意味がわからないフェイトさんは、間の抜けた声を出していました。
そんな笑顔を向けられましても、ととても困った表情でフェイトさんはさきほどの言葉を繰り返します。


「つむじ?」


つむじ。
フェイトさんの知識が間違いなければ、それは旋毛と漢字で表記される単語でしょう。
所謂頭頂部周辺にある、あれです。


「せや、つむじー」


変わらず嬉しそうなはやてさんは、どこか間延びした声。
よほどご満悦のようです。
正直どうしていいのかすらわからないほど、旋毛?いや旋風かもしれない、そんな思考すら回り始めたフェイトさんに、はやてさんはそのやんごとなき訳を語ります。


「フェイトちゃん座っとる時やないと、絶対見られへんやん?」


それはもう、揺ぎ無い身長差に阻まれる事実です。
フェイトさんからは丸見えですけどそれをあえて言うまでもありません。怒られます。
得意気に踏ん反り返ったはやてさんは、それはもう盛大に言い放ちました。


「でもここなら立ったまま見れるんや!」


どや顔でした。
階段の三段上から、完璧などや顔でした。
してやったり!!みたいな、そんな。
ぽかんとはやてさんを、見上げて、いたフェイトさんは数秒して俯き、口元を抑えます。
その姿を見下ろしてはやてさんは勝ち誇った顔をしていました。幸せそうです。
そんなはやてさんの腰と、太腿に回る腕。


「んなっ!何するん!」


抱きあげられたはやてさんの眼下には。


「はやて、可愛いね」


何かを堪えたように、笑うフェイトさん。
先ほどと同じくらい、もしかしたらもっとフェイトさんを見下ろすはやてさんでしたが、その表情にさきほどの余裕らしき楽しさはなく。
ただ下ろせと、離せと、抗うばかりです。
しかしそんな抵抗は何のその。例え頬を引っ張られようがフェイトさんはただ楽しそうに笑っていました。
はやてさんがフェイトさんに抱きあげられたまま続いたその攻防は、結局いつも通りはやてさんが根負けするという結果に落ち着きます。


「何なん……」
「いや、可愛かったから」
「可愛いゆーな」
「かわいー」
「るっさい!」


ぺしっと後頭部を叩かれても笑うばかりのフェイトさん。
はやてさんは小さな溜息をついて、フェイトさんの頭を抱える様に抱きつきます。
そして、いつもは見ることのない、触れることもない、頭のてっぺんに唇を落としました。
誰にも、見られることもなく。


「はやて」
「何?」
「いや、このままでいいのかなーって」


嬉しいけど。
フェイトさんのその言葉を、フェイトさんが顔をうずめている場所を、理解した瞬間。
ペシーン!と音が響きました。


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