ただ一つの



贔屓目を抜いても割と完璧な人だと思う。
コンテソファに足を伸ばしてゆったり座る様は優雅。
ああやってハードカバーの本を読む姿なんて知的だし、当然の如く頭脳明晰。
すらりと伸びた手足と均整のとれた身体は運動に適しているし、もちろん運動神経抜群。
おまけにずば抜けて美人と来た。


「あのね、はやて」
「何?」
「私に何か言いたいことあるの?」
「・・・・・・・・。あほ」
「・・・・・・・・・」


困ったように微笑む表情すら画になっている。
オフが重なった日。ミッドチルダの市街地。
今就いている仕事の拠点として使っているマンションの一室に当たり前のようにフェイトちゃんがいる。や、私が呼んだんだけれども。


「資料確認するから邪魔しないでってはやてが言ったんだよ?」
「そやな」
「じゃあ何でモニター越しにこっち睨んでるのかな?」
「睨んでへん。あたしはモニター見てんの、自意識過剰や」
「・・・・・・そうですか」


フェイトちゃんは小さく息をついて、本に視線を落す。
よっぽどのことじゃない限り深く追求しないで、何でも受け入れてくれる。安心する距離で見守ってくれる。
とてつもなく、優しい。
過保護と言う名の、蟻地獄。嵌ってしまえば逃げられない。
飛べることが出来たとしても、羽ばたく気力を根こそぎ持って行かれる、そんな罠。
モニターに流れる文字を目で追う。モニター越しに見詰める。
さらに経歴、現家柄、人柄、肩書、強さ。ハイスペック。
対してあたしはどうだろう。
ぎゅってしやすい、可愛い、頑張り屋さん、まとめ役、ヴォルケンリッターのお母さん、可愛い、エリート捜査官、気配りができる、あと可愛もぉええよ!!
指折り言ってくるフェイトちゃんの口を押さえたのは割と最近。
ちんまい。童顔。頑張らないとダメ。動いてくれる人がいるから出来る。夜天の主。レアスキル持ち。周りを見ないとやっていけない。
あたしにしたらそんな感じ。
こんなあたしを、何で、フェイトちゃんは。
伏せていた瞳があたしの方を向いた、深い紅が微笑む。


「終わった?」
「・・・・・終わった」


半分も終わってないとか言えない。いつもなら終わってるのに大半を見詰めることに費やしたとは言えない。


「ん。おいで」
「や」


片腕をあたしに向かって軽く上げている。
フェイトちゃんはあたしを膝の間に座らせるのが好きだ。包みこむように抱きしめるのがお気に入りらしい。こっちとしては微妙に腹が立つのだけれど、何だか落ち着くから文句は言えない。
けどあたしは天の邪鬼だから、反射的に断ってしまう。内心後悔しながらも。


「お願い、はやて」


うん、お願いまでされては仕方がない。そう、仕方がない。
そういう雰囲気を身体全体で示して、渋々を装って背中をフェイトちゃんの身体に預けた。
後ろ斜め上に、息使い。視線の先は中身が読めるようになった本。囲いは腕。


「何の本?」
「狼」
「何で?」
「表紙がアルフに似てたから」


カバーから現れた狼は確かにフェイトちゃんの使い魔に顔つきが似ていた。色はかけ離れた黒灰色だったけど。
どこか、フェイトちゃんに似ている気がする。


「フェイトちゃんて犬に似とる」
「そう?」
「狼やなくて、尽くす狩猟犬って感じ」
「褒めてる?」
「褒めとるよー」


勝手にページをめくれば狩りの仕方。小型の獲物は首に咬みついて引き倒します。おお、怖。下手するとそのまま喉笛食いちぎられるのか。
めくる。丁度猟犬についてのおまけ。ハウンド。ラーチャー。いろんな種類。あ、このわんこ、フェイトちゃんっぽい。


「超お利口さんな猟犬でな、どんな獲物でも獲れるねん」
「どんな獲物も、か」


めくる。獲物の大雑把な種類。
ネズミ。ウサギ。アナグマ。イノシシ。ウシ。クマ。他諸々。チャンスがあればどんな獲物も。
色んな、種類。たくさんの、獲物。


「なぁ、何であたしなん?」
「うん?」


こんなにいっぱい。あんなにいっぱい。
フェイトちゃんの周りにいるのに。
意識して流れるように吐き出す。


「フェイトちゃんなら、どんな人でもOKするで?」


有能な猟犬は、どんな獲物でも狩れる。
幾度となく聞いた問いかけ。まだ瞳を見たままは言ったことがない。だから今日も背を向けたまま聞く。


「はやてだからだよ」
「毎度答えになっとらん」


いつもと同じ答えにほっとして、腑に落ちなくて。
きっとこの次は問い返されるいつものこと。


「じゃあはやては何で私なの?」


考える。考えて。何だかムカついた。


「・・・・・・・・、フェイトちゃんやから」
「ほら」


至極嬉しそうにお腹に腕が回されて、引き寄せられる。
肩口に埋められた顔。首筋に当たる髪の毛がくすぐったい。慣れたけど。
しばらく好きにさせていると。


「・・・・・・ね、はやて」
「へ?」


一瞬の浮遊感と止まる思考。
ぼす。っと背中がソファとこんにちは。
それより早く認識したのは、首に何かが咬みついているということ。


「ちょ、何しとるん!?」


焦って引き剥がせば、簡単に離れるフェイトちゃん。
軽く歯が当たる程度とはいえ、咬まれた首を抑えて肩肘をついて上半身を軽く起こす。
何なんだ、この人は。本当に犬みたいに。
いまだ覆いかぶさるフェイトちゃんは楽しそうに微笑んでいるだけ。


「何なん?ひとの首に咬みついといて」
「こんな諺、知ってる?」


この体勢から逃げ出そうとしても無理だとわかっているから大人しく聞く。
聞こえた諺。


犬一代に狸一匹


ああ、なるほどね。
こんな時に嫌味か。本当に怒るぞ。
あたしが不機嫌になったのが解ったのか、違うよ、と頭を撫でられた。


「犬が狸を捕らえるのは滅多にあるわけじゃなくて、一生のうちに一度あるかどうか、ってこと。つまり滅多にないチャンスの例え」


犬が、誰で。狸が、誰で。


「私はその滅多にないチャンスを掴んだだけだよ」


だから。フェイトちゃんは瞳を細めて、微笑む。


「誰にもあげない」


いつの間にか。
どうやらあたしはこのお利口さんなわんこの一生に一度の獲物になっていたらしい。


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