だってそこにあったから
“はやてちゃん、そろそろ起きないと会議の準備ゆっくりできないわよー”
睡眠を阻害する声に反射的に枕元に腕を伸ばして、叩こうとしたそれがなくてぼすりと落下する。
“ココア淹れるから起きましょうねー”
続く声。枕に埋もれていた顔をのろのろ起こして、浮かび上がったsoundonlyのモニターを目を細めて睨む。あ、これだ。叩こうとして振るった腕は画像を少し乱すだけに終わり、ぼすっとまた布団に落下した。そうだ、目覚まし時計じゃない。
どうやら、あたしは眠いらしい。
“時間確認してねー”
また浮かびあがるモニターにはでかでかとデジタルで表示された時間。ああはいはい起きますよ起きればいいんでしょう。そんなことを頭で思いつつも一度脱力。ベッドに沈む。
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・。
っは。
危うく意識がまた薄れかけて、腕をついて慌てて上半身を起こす。
「ふとんこわぁ・・・」
げに恐ろしきかなお布団。誘惑スキルSSS。罠としておいておいたら捕獲率百パーセントだろう。くだらないことを考えながらベッドの上に座りこむ。
肌寒い。そう言えば、寝巻を着てなかった。ふらつく頭で辺りを見回し、視界に入った白。スリッパを足に引っ掛けて近づいて、手に取る。これでいいや。
それを羽織って、釦を留めながら寝室を出る。
「おはぉぅ」
「はい、おはようございます」
テーブルに湯気が立つマグカップを置いて、降る向いたのはシャマル。先ほどの声の主。
シャマルはあたしを見て目を丸くする。口元に手。
「はやてちゃん、その格好・・・」
「ええやんかー、シャマルしかおらんしー」
ソファに深く埋まるように座るあたしの格好はというと、上Yシャツ、下なし。大丈夫。家族、しかもこういうことには割と寛容なシャマルしかいない。めんどくさかったのだ。どうせまた制服に着替えないとだし。
「はやてちゃんがいいなら、いいけど・・・」
こっちをじっくり見ていたシャマルがやっと視線を外した。
どうやらお小言はなしらしい。うん、さすがシャマル。わかってる。
「シャマルは今日オフなん?」
「午後から回診なの」
「ふーん」
袖をちょっとまくってマグカップを手に取る。
淹れたばかりのそれは熱いけど、口をつけた。熱い。甘い。あたし好みの、あたし専用のミルクと砂糖配分。あー。舌火傷した。
「今日の会議、大丈夫そう?」
「らいひょーふ」
鼻腔を埋める甘い匂い。眠気がまた戻ってくる。こっちくんな。
マグカップをテーブルに戻して、伸びをする。溜息を長く深く。起きてきた。たぶん。
「あとねはやてちゃん」
「んー?」
朝ごはんを食堂に食べに行こうか、それとも部屋で簡単に済ませようか考えているとシャマルがさっきみたいにこっちをじっと見ていた。頬に手を当てて、少し困ったような微笑み。
「私だからいいけれど、シグナムやヴィータちゃんが起こしに来た時はその格好でいるの止めておいた方がいいわよ」
わかってる。
あの二人なら言葉のオブラートに包みはするもののだらしないとか言われそうだし。
了解了解。そう告げようとしたあたしに、シャマルは言葉を続けた。
「そのYシャツの持ち主に殴りこみに行きかねないから」
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・。
着ているYシャツを見て。袖を見て。裾を見て。
あたしは寝室に飛び込んだ。
「違う!違うんや!!」
「そうね、はやてちゃんのじゃなかったわね」
「そうやなくて!!!」
「大丈夫、私は何故それがはやてちゃんの部屋にあるかとか聞かないわ!!」
「きっらきらの笑顔しよってからに!!」
自前のYシャツを着て戻ってきたあたしはシャマルにくってかかったけれどうふふふふふと気色悪い笑みを浮かべられるだけだった。
二度と寝惚けたまま服を選ばない。
そう、誓った。