耳
何が楽しいのかわからないが、フェイトちゃんはあたしを後ろから抱え込むのが好きらしい。
現に、今もこうして膝の間にあたしを座らせてご機嫌。
「はやて、ここ、おいで」
「いやや。・・・・・・・・・・・、何その超残念そうな顔」
そんなやり取りの後、晩御飯の片付け三日という交渉を経て、ここに腰を下ろした。
あたしはあたしで、まあ背凭れになるからいっか、くらいの気持ちでここに座っている。最初即却下したは、条件反射というか、何というか、そんな、・・・・・・・、まあ、うん。
片付けもしてくれると言うので一石二鳥。
「いきなり強くぎゅーとかしたら、怒るで」
「許可取ればいいの?」
「許可降ろさん」
「じゃあどうすればいいの?」
「ぎゅーする前提かい」
「うん」
「すんな」
過去の経験からそんな釘をさして、お腹に回った腕は、柔らかくあたしを包んだまま。
それに息をついて、持っていた本に目を通し始めた。
そして、それが起こったのは、本が半ばほど進んだあたりだった。
「ッ!!?」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
本を取り落とし、ただ驚いた原因である右耳を手で抑えて、勢いよく後ろを振り向けば、こちらも驚いた表情のフェイトちゃんの顔が、めっちゃ近くにあって。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
それでもその一瞬を分析して、解析して、たどり着いた結論が本当かどうか確かめるため、あたしはまだ整理されてない脳で問う。
「ふぇいとちゃん、かんだ?」
「うん、噛んだ」
答えた真顔を掌でべしぃっと叩いた。
もがもが言ってるけどそのまま押し離すように力を入れる。
何を、何で、何てことを。
してくれやがるかこいつは!!
「何してん!!いや、ほんと、何してんねん!!何で噛むん!アホか!アホなんか!!いやもうアホでええやろ!おたんこなす!!」
反論できないのをいいことにぶちまける。
顔が熱いのは怒りのせい、おーけー、そのせい。それ以外にあり得ない。
ぐいぐいと押し離す。あたしがここから逃げないのは、お腹に回された腕がいつのまにかがっちり拘束してくれやがっているから。離せ。
あたしはとりあえず脱出を試みるべく、両手を拘束解除へと向ける。
それはつまり、フェイトちゃんが発言できる状態になると言うことなのだが。
「ぷぁっ、は、はやて。落ちついて」
「あたしは落ち着いてるわアホ!!」
「クールダウン。顔赤いよ」
「誰が照れるか!!」
「誰も照れてるとか言ってないよ」
「くわーっ!!」
「どー、どー」
「うっさい!!」
色々言ってくるのを一喝して、お腹の拘束を引きはがすことに意識を向ける。
しかしこの拘束、中々、どうして。
「はい、はい、そんなことしても外れないよ」
「外す!」
「外させない」
片腕でお腹を拘束したまま、もう一つの拘束があたしの片腕をお腹ごとホールド。もう片腕も同じようにされて、ホールド。
抜け出そうとしたのに、余計に悪い事態に。どうしてこうなった。
「力じゃ私に敵わないって知ってるよね」
振り向いたらそんなことを笑顔で言われた。
腹立つ!!
正面に向き直って、腕に力を入れる。抜け出してやる。
「はやて、疲れるだけだよ?」
「うっさい・・・ッ!あんなことした奴の傍に居れへんわ!」
「あんなこと?」
「耳、噛んだ、やろ!」
ギッと睨みつけると、ああ、と微笑んで。
「耳、見えてたから、つい」
「つい、で許されるか!」
「えー?」
抜け出すために前傾姿勢だったあたしを、拘束が後ろへ引きつける。
やっぱりその力に勝てなくて、凭れた背中、というよりは、覆いかぶさった、フェイトちゃん。
背中に当たる体温と、耳のすぐ横で、吐息。
「だって、噛むの、珍しいことじゃないよね?」
流れ込むどろりとした声。
あ、まずい。
これはまずい。わーにんぐ、わーにんぐ。逃げ出せ、あたし。
そんなあたしの考えがわかったのか、くつくつと喉の奥で笑う音。
「耳、噛んだり、舐めたりされるの、慣れてるよね?」
思い出させるかのように、甘く立てられる歯と、縁をなぞる舌。
「こうやって、近くで私が話すの、好きでしょ?」
だめだ。脳が、痺れる。
「ほら、今みたいに素直な反応、してくれるし」
抜け出そうとしていた力が消える。全部、吸い取られたみたいに。
さらに後ろに引き寄せられて、フェイトちゃんに背中を凭れる。
ああもう、言いたいことは解った。
だから、せめて、言わないで。
「はやて。耳、弱いよね」
言うな、アホ。
襟元が、緩められる。