飴飴飴鞭飴飴飴
【飴飴飴鞭飴飴飴】
「フェイトちゃん、ちょおナンパしてきて」
この一言に書類から視線を上げた執務官は、しばらくあたしの顔をまじまじ見た後再び視線を落した。
あたしは口を開く。
「ナンパしてきて」
「え?幻聴じゃなかった?」
驚きと呆れをごちゃ混ぜにした声と表情が返ってきた。
ここ、部隊長室には部屋の主であるあたしとフェイトちゃんだけ。
急がない書類の確認と、それと同時にちょっとしたお茶会。誘いを二つ返事で了承してくれたフェイトちゃんをぼぅっと見ていて思ったのだ。
天使の輪がナチュラルに浮かぶ金髪。鼻梁の通った貌。モデルが玄人跣のスタイル。
魔導師ランク空戦S+。エリート執務官。過保護。温厚。
どこの完璧超人やねん。
「手あたり次第、出会い次第に口説いてきて」
「・・・・・・・」
「男女問わず」
「・・・・・・はやては私をどうしたいの?」
珍しく嫌な顔をするフェイトちゃんに笑う。
ちょっとした、好奇心。ちょっとした、悪戯心。ちょっとした、暇つぶし。ちょっとした、息抜き。
ちょっとした。我儘。
二人きりなのに。
「どんくらいの人が撃墜されるかなーって」
書類ばっか見てないで、ちょっとくらい、構え。なんて。言わないけど。
「撃墜?」
「無双出来る思うねん」
「無双?」
完璧超人は疑問符を浮かべて、それから困った顔に。視線はあたしに向いた。
「部隊内での風評をわざと落とす理由が解らないよ」
「だいじょーぶ。最後は部隊長に言われた罰ゲームだった!でモーマンタイ」
「それもそれで問題ありです、部隊長殿」
「えー」
溜息をついて書類を置くフェイトちゃん。
よし。書類から興味があたしに向いた。
それで本当は?と紅が問いかけてくる。や、本当も何も、ほんまなんやけど。この話を振った理由以外は、全部本当に思ったこと。
「だってフェイトちゃん美人さんやし、優しいし、強いし、将来有望やし、浮気とか心配なさそうやし、もてるからどんくらいが墜とされるかなーって」
「手あたり次第ナンパってところでもう矛盾してるよ」
二度目の溜息はさっきより深く。
ええやん、深く考えたら負けや。
それに本当のことだから。
美人さん。優しい。強い。将来有望。一途。とんでもなくもてる。全部本当だから。
「やだよ、やらない」
「えー?何でー?」
「私はそんなことしたくない」
ぷいっとそっぽを向いた姿はいつもの凛々しい姿と違って可愛い。こういうところは幼い頃から変わらない。いつもは、普段は、他の局員の前では執務官の顔だから、身近な人以外知らないけど。
知られたく、ないけど。
出来ることなら、あたし以外は。
「えーやんかー、どんだけ自分が罪な人か再認識するでー?」
「そんなこと認識したくない。今もしてない」
「あれだけの局員の、あまつさえ保護したした民間人の心まで奪い取っておいて何を言うとるん」
「私はそんなことしてない」
「じゃああの熱烈なラブレターとかラブコールは何やねん」
「お礼の手紙とかだよ」
フェイトちゃんの。
微笑みも。優しさも。好きって言葉も。それなりに親しくなれば誰でも貰える。与えてくれる。
部屋に行くたびに届いてる積まれた手紙。溜まったメール。重なる不在着信。
全部全部全部全部。
“お礼”や“憧れ”で済ませると思ってるのか。そう見えるのなら眼科に行け。
言いそうになって、むりやり意地の悪い笑みに変えた。
「テスタロッサ・ハラオウン執務官殿が色んな人を甘い言葉でたらしこんでる姿とか見たかったのにぃ」
きっと誰も彼も頬を染めて声を裏返させてたじろいで。本気にとるのだ、フェイトちゃんからの愛の囁きを。
「はやて」
暗い焔がじりじりと燻るあたしの鼓膜を氷点下の声が打つ。
スナイパーの一撃。一撃必中。一撃必殺。
消火された瞳で見れば、そこには無表情に隠された怒り。
あ、やってしまった。
「はやて」
なんて思っても遅いけど。
腰を上げてあたしの正面に立ち、動けないあたしの両脇、背もたれにつかれた両腕。囲い。檻。逃げられない。
逆光が影を作る。困ったような笑みではなく、無。
紅は冷たい。熱い。優しい色はない。
「怒るよ?」
嘘。
「私がはやてしか好きじゃないこと知ってて、知ってるくせにそういうこと冗談でも、私が他の人に好きになる、みたいなこと言ってるなら」
もう。
「怒るよ」
怒ってるくせに。
何も言わないあたしを静かに見つめるフェイトちゃん。
隣にいるようになって気付いたこと、知ったことがたくさんある。
そのひとつ。めったにないけど、怒ると、凄く怖い。
「はやてはいいの?」
久し振りに見た冷たい紅はあたしの底を見る様に問いかける。
「私が誰でも構わずそういう意味で好きって言っても、平気?」
親友にも。同僚にも。そういう意味じゃないけど言ってるのに。そんなこと言うな。
そういう意味じゃないって解ってても平気なわけない。
天の邪鬼なあたしは、それをすぐに言えない。フェイトちゃんは直ぐに言ってくれたのに。
「冗談なんやから、別に・・・」
「そう、平気なんだ」
濁した言葉をフィルターにかけて、フェイトちゃんは本当の色を見つけてくる。
隠せない。隠せなくなった。
この人に好きだと伝えた時から。
「いいんだ?私が誰にでも、はやてに言うみたいに好きだって言っても、平気なんだね?」
平気やあらへん。って、言うてるやろ。言うてへんけど。
溜息が、落胆の吐息が、頬をくすぐる。
「その程度にしか思われてないんだ。私がはやてに言ってる“好き”って。比べるのが馬鹿らしいくらいなのに」
頭の中で雷が落ちた気がした。
「はやて」
飴と鞭。
いつも飴しかくれない人のめったにない鞭。それがとてもキくように。
その鞭の合間にはいる飴は、解りにくくていつもより極上に甘い。
「平気なんだ?」
そんな飴に気付いてしまう聡明な頭を持ってしまったあたしは、その甘さを手放したくないから、もう鞭はいらないから、尻尾を振るしかない。
喉と口を、動かして。空気を。震わせて。
「何?聞こえない」
尻尾を振れ。
「へいき、じゃ、ないです」
頬に少し低い体温。あたしより大きな掌。
「何が?」
「ふぇいとちゃんが、ほかのひと、あたしいがいを、すき、って、いうの、へいきじゃないです」
額に、額。眼は逸らさせてくれない。
「何で?」
「あたしが、ふぇいとちゃんのこと、すきやから」
顔から火が出そうとはこのことだ。畜生め。
ふっと。
紅が、和らいだ。
「うん、素直でよろしい」
最高の飴が、唇に。
憎たらしい
可愛さ余ってなんとか、って諺でなかった?
そういうところも憎たらしい
そんな私を好きって言ったのは誰?
あたしやこのあほ!!
痛っ