強制休息



見つけて、気がついたら腕を掴んでいた。


「ごめん、ちょっと借りていくね」
「は?え?」


若手の捜査官たちが遠ざかって行く。
何故か直立不動の敬礼をしてくれていた。ああ、そっか、私も一尉扱いだから上司に当たるわけか。


「何?何なん?ちょ、ひっぱらんで!」


引っ張っている私の後ろを少しおぼつかない足音が付いてくる。抗議の声も。でも聞いてあげない。
今、私が寝泊まりしている執務室まであと少し。


「いいから」
「あたしまだ仕事あるん」
「いいから」


一瞬だけ振り向いて出来る限りの笑顔を向けた。うん、静かにね。
着いた。
執務室に入って、ロックを掛けて、振り向いて、見据えて、微笑んで、問う。


「それで?」
「何やねん」
「いつから休んでない?」
「昨夜もぐっすりお休みでしたけど何か」
「いつから休んでない?」
「だから」
「いつから」


心なしか首を傾げる。


「休んでない?」


見据えた瞳は逸らさない。
嘘が得意で。騙すのが上手で。仮面が剥がれない。
でも私は知ってる。彼女は、こうすると、私だけには。


「・・・・・・・ざっと三日間ほど」


はやては私に本当のことを言う。
沈黙。
瞳が逸らされたのを合図に口を開いた。


「何で休まないの」
「その言葉そっくりそのまま返すわ」
「私は少なくとも睡眠時間はとってる」
「あたしかて寝てる」
「ソファで横になる、っていうのは睡眠時間に含まないでね」
「・・・・・・寝てることには変わらんやろ」


安易に予想できたものは事実に。
少しだけ口をとがらせて、むくれているはやて。
平時なら可愛いで済まされるそれも今はそうもいかない。


「はやて」


掴んでいた腕を解いて、私より幾分も小さな手に触れる。
冷たい。
平熱が他の人より低い私がそう感じるほどに。平熱が他の人より高いはやての指先は、冷えていた。


「どうしたの?」


指を絡めて、少しでも体温が移ればいいと思いながら、問いかける。
表情は見えない。見えるのは頭の天辺。
視線をずらして、下へ。
繋いでない方の手が、数度、何かを掴むしぐさをした後に拳を作り上げた。
答えてくれる気になったらしい。


「やって、今の仕事、なんや、あたしを試すみないな内容やねん」
「だからって早く終わらせても」
「倒れるなんて無様な姿見せへん」
「皆の前ではね。部屋で倒れたことあるでしょ」


拳に力が入る。それでも繋いで手は緩く、されるがまま。
代わりにこちらから力を込めて、同じ温度の指を引く。


「はやてが倒れて、介抱した人がいる。それは事実だよ」


凄く、心配させたんだよ。
それは言わずに藍色を覗き込む。


「それについては謝ったやろ。それにあたし寝てたんやから放っておいても」
「放っておいてほしかった?」


逸らされた瞳と、返されない言葉。
どうやら放っておかなくて正解だったらしい。
私は暗闇を恐いとは思わないけど、目の前の彼女が、夜を司る彼女が、夜空は平気でも月も星も煌めく海面もない、部屋に一人きりの暗闇が苦手なことを私は知っている。


「ちゃんと休みなさい」
「いやや、疲れてへん」


まだ言うのか。
この意地っ張り。


「ちょっと引っ張っただけでよろけたよね」
「不意打ちだったからや」
「少しの距離を早足で歩いただけで、息切れてたよね」
「内勤ばっかりで身体なまっとるんや」


交渉は決裂。
譲歩した、本人の意思で休む、という選択肢は棄却。
ならば当初から私が望んだ選択肢を実行に移そうじゃないか。
また旋毛を見下ろして、通信モニターを開く。


「何しとるん」
「はやての補佐官に連絡」
「ちょ、何しとるん!止めぇや!」
「駄目」


邪魔しようとすることは想定済み。
絡んだままの指をしっかりと繋いでそのまま捕獲、流れるように拘束。
私の方が背が高く、力も強い、絶対に逃げられない。
抗議の声も想定済み。
コンソールを操作し終えた空いた方の手で口を塞ぐ。
はたから見たら明らかに不審だけど今から通信する相手はそんなことは気にしないだろう。
私がはやてを傷つけないことは、彼女もよく知っている。
数秒後、モニターに映ったのは小さな蒼天の主。


はいはーい、リインですよー。あ、フェイトさん、と、はやてちゃん?
「リイン、お願いが」


そこまで言って、むーっ、とか、んーっ、とか表現しきれない唸り声が会話を遮る。
下を窺えばさせるかとばかりにうなり続ける意地っ張り。
ああ、会話の邪魔をしてるわけか。
ふぅん、そっか。はやて、まだ諦めてないんだ。でもね、私もあきらめない、っていうよりもう決定事項だから。
大人しく、してね。


「         」


耳元で囁く。
止まる唸り声と紅に染まる耳と首筋に満足。うん、そう、大人しくしてね。
改めてモニターを見ると何故かリインが両手で目を塞いでいた。でも、指の隙間から覗いてる。見たいのか、見たくないのか。


「リイン。はやての休みとってもいいかな」
はわ!?やすみ!?
「うん、はやてに、お休みあげたいんだけど」
お、おーけーです!リインが何回言っても休んでくれなかったですし、願ったり叶ったりです!
「今日これから、それと明日丸一日。大丈夫?」
任せてください!!資料整理はしておくですよー!
「ありがとう、私が責任を以て休ませるから」


感謝の笑顔と共にモニターを閉じる。
拘束していた腕を解いて、別のモニターを出しながら口を開いた。


「ということで、はやて。お休みだよ」
「休みかて、仕事するかしないかはあたしの勝手やろ」


頑固者。
そこまで頑ななら私にも考えがあるよ。
私だってね、はやて、色々知ってるし、教えてもらってるんだからね。
正面に回り込んで避けられる前にまだ朱の差す頬を両手で包む。
丸くなった藍色を見つめて、一言目。


「はやて、可愛いね」
「へ?」


手に伝わる熱が高くなった気がした。
二言目。


「可愛い。凄く、可愛い」
「ちょ、え、な、あ」


逃げようとするのを予測して片腕を腰に回す。
紡ぐ言葉。


「寝ぼけてる時に頭を撫でると凄く嬉しそうにはにかむ顔が可愛い。甘えたいのに上手く甘えられなくて俯く姿が可愛い。棚の上のものを取ろうとして背伸びしてる姿が可愛い。顔を近づけると真っ赤になるのが可愛い」


押し返そうとして私の肩に置いた手が両耳を塞いで。


「コーヒーをブラックのまま飲めないところも。料理してる時の後ろ姿も。砂糖とはちみつ入りのホットミルクが好きなところも。私の頭を撫でるのが、実は好きなところも」


それでも鼓膜を叩いてしまう私の声に耳から手を離して。


「ぜんぶ、かわいい」


それ以上言うことは、口を両手でふさがれて出来なかった。
真っ赤な顔で睨まれても、恐くないよ。
はやてがすることは、たった一つ以外、何も怖くないよ。


「やめ。いうな」


それははやて次第。
横にも縦にも首を振らずにいると、少しだけ離れた両手。


「はやてが休むって約束してくれるまで、褒めるのを止めないよ?」


どうする、首をかしげる。
何なん、それ。
すずかが教えてくれた。こうするといいよって。
何なん、何しとん。
効果抜群、かな?
二言。三言。交わして、やっと返ってきた望んだ答え。


「休めば、ええんやろ」


ふてくされてるようだけど、気にしない。


「通信手段全部切って」
「全部て」
「緊急のものは切ってても届くから大丈夫だよ」
「・・・・・・」
「切る」
「・・・、いえっさー」


緩慢にコンソールを叩いて、閉じられたモニター。
それとは別に私が開いていたモニターも閉じる。


「とりあえず、ひと眠りしようか」
「は?」


何、その驚いた顔。
だって、放っておいたらダメなんだよね?


「フェイトちゃん、仕事は?」
「私もお休み」
「は?」
「はやてが言ってた執務官もあまりちゃんと休まないから、さっき優秀な補佐官に休暇を申し立てたら二つ返事で快諾されました」


さっきまで開いていたモニターはそのためのもの。
緊急以外は連絡通しませんからね、とお墨付き。


「は、・・・・は?何?」
「私も、お休み」
「何で?」
「監視役、かな。リインにも約束したから」


責任を以て、休ませます。
さっきの同じように、さっきとは違う意味で、手を繋ぐ、指を絡める。


「いまならはやて専用腕枕もついてきます」
「・・・。フェイトちゃん専用抱き枕、を、逆の意味にしただけやろ、それ」


柔らかく、仕方ないと緩んだ頬と目じりを見て少し安心する。
やっと、笑ってくれた。


「ね、はやて、お昼寝しよう」
「しゃーないなぁ、お休みやしなぁ」
「うん、お休みだから」


お休みだから。
何も心配せずに、私の腕の中で、君を腕に抱きしめて、眠ろう。


「何や、フェイトちゃんだけ得しとらん?」
「気のせい、気のせい」


ほら。お休みなさい。


inserted by FC2 system