見え方。



アイドル部の仕事に、ファンレターの仕分けと言うものがある。
μ's宛てに届いたそれを、各メンバー宛てに振り分ける作業。
個人個人に渡されるものもあるから総量なんて解らない。
今日の振り分けは、私の当番。

「海未はもてるわよね」
「それを絵里が言いますか」

机の上に置いた、えりちゃん、と丸っこい、穂乃果が書いたネームが貼りつけられた振り分けボックスの一角。そこから一つを取り出して、ペラリと差出人を確認するその人に、言われた言葉への反応よりも反論に近い声が出た。
見る。
整いすぎた。とは誰が言ったのだろう。黙っていれば、人形の様だ。とは誰に言われたのだろう。
光を取りこんで、柔らかく反射する金色。最奥まで見えそうで、こちらが見られていそうな空色。色白と呼ばれる中でも、さらに白い、肌。長い睫。高い鼻梁。緩く弧を描いた、薄桜。模範解答に近いバランスで据えられた各部位に、長い手足、めりはりを持つ身体。骨格からして違う。腰の位置まで違う。これでまだ成長途中だというから、殊更。
そんな、美貌。
恨めしげな目になっていただろうか、絵里は小首を傾げた。さらりと零れる金色が眩しくて、また手元に視線を戻す。

「絵里も、絵里の方が、凄いではないですか」
「凄い?」
「その、……」
「ああ、もてる?」
「ええ」

濁した言葉を重ねられて、何故か耳が熱い。
ファンレターの数、そう変わらないわよ。そう言う意味ではない。そう伝える。
隣で、空気を抜くような、笑い声。

「私はほら、珍しいっていうのが大きいじゃない? クォーターだし、金髪だし」

何を言ってるんだこの人は。
今度は明確な意思を以って、訝しげな視線を向けた。
微笑。というのは、こういうのを言うのだろう。机に頬杖をついて、絵里は、微笑む。

「でも、海未は違うでしょう?」
「違う、というと」

声が詰まりそうになりながら、繰り返せば絵里は言う。

「海未は、日本人から見て、日本人として、素敵ってこと。大和撫子ね」

一度、ぐっと口を噤んだ。
あまりに真っ直ぐに言葉を届けてくるのは、やはり外国の血のせいなのだろうか。
褒められて嬉しくないと言えば嘘になる。大多数の人からより、絵里にそう言われたことの方が、何より。
けれど、何を言っているんだ、と、思う。思って。

「絵里の方が、ずっとずっと、綺麗です」

良く考えずに、口をついて出た本心。
言って。まるくなった、空色を見て。言い切って。
素敵、と言われたことに対する熱が頬を浸す前にまた手紙の束へと顔を戻した。
重ねられた手紙の一番上のものに書かれた宛名に沿って、ボックスに入れていく。
一枚。二枚。三枚。四枚。
五枚目で、ちょうど、えりちゃん、と書かれた所に一つ加えたところで。
自分が何を言ったのか、反芻した。
きれい。きれいといいましたか。ええ、いいました。だってじじつです。じじつだからなにももんだいはありません。ないのです。ええ、あるものですか。そうです。わたしはごくあたりまえのことをいったまでであって。そんな。だから。

「何で言った海未の方が照れるのよ」

言われた。
じわじわ上ってきた熱が頬と耳を浸しているのを解っているけど、くすくすと、楽しそうな音が鼓膜を打つので、決して隣は見ない。
見ずに、言う。

「照れてません」
「ほっぺ、赤いけど」

頬に、感触。
人を指差しちゃいけません。って教わらなかったんですか。
むいむい。突っつくのを、止めてくれそうにない。
けれど、見ない。六枚目に目を通す。

「可愛い」
「止めてください」
「かーわーいーいー」
「絵里」
「うん?」
「やめて、ください」
「えー?」

本当に楽しい時の声だ。それが解るくらいには、たぶん、一緒にいるし。それが解るようになりたいとむきになるくらいには、一緒にいた。
もっと、知りたいと思って、今も、一緒にいる。
頬に触れていた感触が、なくなる。

「嬉しい」

初めて聞いた温度の声だった。
はっとして、つい目を向けてしまうくらいには、あたたかさと甘味を含んだ、ホットチョコレートみたいな、声。

「海未が私を綺麗って思っててくれることが、嬉しい」

応えることが追い付かない私を、絵里は困惑として取ったのだろう。
理由を、繋げた。

「好きな人に綺麗って言われて、嬉しくない人がいると思う?」

白い肌に桜色の霞を乗せて、はにかむその姿を、直視した。
網膜から、脳に。遅れて、鼓膜から、脳に。
急速沸騰。そんな言葉を思いだし、体感する。
もう、首まで熱に浸された。
ああもう。
綺麗だといったのは、本当。綺麗だと思うのも、本当。事実、彼女は綺麗だ。
だけれども、卑怯じゃないか。
たまに見せる。綺麗から移ろう様に、自然に。
可愛いところもあるだなんて。
顔を思いっきり逸らす。見ていられない。見られなくない。

「海未?」
「……」
「海未、こっち見て」
「……」
「見なさい」
「……いやです、絶対いやです」
「可愛い海未の顔が見たいんだけど」
「可愛くないです」
「可愛いわよ」
「ないです」

絵里の方が、可愛いです。
今度は言葉を、呑み込んだ。



自爆った。

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