青春だから仕方ない。



「好きだーーーーーー!」


天高く届けこの想い。


澄み渡る晴天。
さんさんと降り注ぐ陽。
降水確率0%。
いい天気ですね。
昼休みの屋上で、都合がついた二学年が集まったランチタイム。用事で抜け出したのが、二人。

新商品のパンにご満悦。
同じ名前を持つ、翼はためかせ飛ぶそれを見上げ。
友人のお弁当の中身に食いついて、一口ちょーだいと纏わりついて。
抱きついて離れない友人を邪魔そうにしながら、仕方ないわねと一口。

残ったのは、計四人。
レジャーシートに空のお弁当箱。パンやおにぎりの包装。
食後には他愛もない会話に華を咲かせ、三人寄れば姦しい。一人増えればさらに二乗。
四対の視線を受けたパソコンに映るのは、とある動画。

ドン。ドン。ドン。

バスドラムの重低音と、揃った黒衣の一糸乱れぬ演舞。見慣れてはいても、ことここでは見ることはない、所謂学ラン。
掲げた旗が風に靡き、白い手袋と鉢巻が眩しく映ります。
しかしそれらは全て、たった一つのものも引き立てるもの。

壇上に立つのは、一人の女生徒。

精一杯の声で、はにかみつつも叫ぶその姿。素晴らしいです。
ていうかこれ何のCMなのよ。全っ然商品のこと伝えてないじゃない。
冷たいツッコミが入りますが、そんなことはいいのです。些細なことです。よくあることなのです。
わー、懐かしいね。あったあったこんなの!
数年前の懐かしCM集。動画を巡っていて、たまたま見つけたそれ。
久し振りに食べたいにゃー、よし、今日帰りにコンビニね!! ヴぇええ!?
懐かしさから何度か繰り返し見ていたのですが、不意に、彼女が立ちあがります。
三人の疑問符を含ませた視線と、呼び声にも応えずに、ローファーを履き、スカートを揺らして、向かったのは校庭を臨む側の、フェンス際。
パソコンから聞こえる、バスドラム。

ドン。ドン。ドン。

あ。
察した時には、もう遅かったのです。
そして、冒頭へと戻ります。

「好きだーーーーーー!」

解き放たれた、声。
青空に響く、伸びやかな音。
拳を握り、心成しか前傾で、肺いっぱいの、大声で。

「目もー! 口もー!! もみあ……耳の後ろのとこの髪もー!!!」

一瞬顰めた眉もまたきらきらとした瞳に戻り。

「好きーーーーーー!!!」

空に溶け入る、声。
目一杯の空気を取り込んで、お腹から、おへそからまた想いを音にして。

「ちょっとめんどくさいとこもー! おちゃめなとこもー!! しょうがないわねって笑った顔もー!!!」

脳裏に巡るその姿に、顔を彩る喜色を濃くして。

「ほんとは一緒に帰りたいけど、学校の皆のために生徒会のお仕事頑張ってるのもー!!!」

少しだけ落とした声量も、先を超える音として。

「全部ーーーーーー!!!」

一拍、一番の、大声量。

「だーいすきだーーーーーーーーー!!!」 

限界まで伸ばした母音が空に、陽光に、溶け入るのを見届けるかのように仰いだ青。
打って変わって、また穏やかな昼下がりに相応しい静けさが戻ります。
いまだレジャーシートに座っている三人は、見ます。
緩んだ拳をもう一度握り直し、振り向いたその人の顔を。

「……。いや、やらないわよ、やらないったら、ちょ、なに、何で立ち上がってんの、えっ、順番なの、ちょっと引っ張んないで、ねぇ、やんないってば、だから、いや、わけわかんないんだけど!!」

めっちゃいい顔でした。










ところで、伊達に発声練習やらなんやらしているわけではありません。
それこそ、普通の人より、むしろ、他の部員より、彼女は、とってもよぉく通る声をしています。

「今日もいっぱい吠えてるわー」
「いっつも元気だよねー」
「尻尾ぶんぶん振りながら叫んでるんだろうねー」

天気がいいので窓を開け放っていた教室も多く、この教室もまた、全開でした。遮るものはありません。
音の発生源。上は青空。横はフェンス。すっかすかです。ぶつかることはありません。
元気よく飛び出した音はヒャハーッ!!! と音速を披露しました。
つまり、ホームルームと呼ばれる、各クラスの教室に、大体その声は届いていました。
届いちゃってました。
このクラスの生徒たちは口々に感想やらなんやらを述べながら、とてつもなくあったかい視線をとある場所にちらちら向けています。
総じて。

お宅のわんちゃん元気ねぇ。

というニュアンスです。
視線と言葉を直接と間接でべっしばっしぶつけられているその場所。その席。
机に腰を掛けて、艶のある黒髪、ピンク色のカーディガンを着た、その人は口端をくっと上げて、さもからかうように言います。

「無駄吠えの躾、なってないわよ」

近くの席から椅子を引っ張ってきて座っていた、豊かな髪と、包み込むようなおっとりとした口調をした、その人は頬に手を当てて微笑みます。

「“無駄”吠えじゃあないみたいやけどねぇ」

その二人の視線も、言葉も、たった一つに、たった一人に、向けられていました。
一人が腰を据えて椅子とする机。一人が寄り添うように隣に並んだ席。
その場を自席とする人は。

「……何してるのよあの子……」

顔を両手で覆って俯いていました。
赤くなった耳は、隠しきれませんでした。



園田さんが五分後に駆けつけて「何してるんですか!!」って説教。

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