ふぉとさどんです



部室には一人を除いて部員たちが集まっていました。
空気の入れ替えのため、窓と扉を開け放った部室には運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏が聞こえてきます。
廊下の先を見詰めて、人影が誰も居ないことを確認した穂乃果さんは、パイプ椅子を引っ張ってきて扉のすぐ近くに腰を据えました。
そして頬を机につけたまま、携帯のバックライトを灯して時刻を確認します。

「絵里ちゃん遅いね」
「んー、顧問の先生との話が長引いてるんやない?」
「そっかー……」

生徒会長は未だ部室に現れず、副会長はというとそんな生徒会長へ向けての苦笑を浮かべながら答えます。
穂乃果さんと希さんの会話はそこで終わります。
部員たちが各々雑談や作業をしている中、穂乃果さんは無言でした。
バックライトの消えた携帯、その黒い液晶に見える自分の姿をただただ黙って見ていました。
何かを考えているようでした。
しかし、それに気付く人はいなかったのです。
気付いていたら、この後の騒動はなかったのかもしれません。
穂乃果さんは身体を起こしたかと思えば、手慣れた動作で液晶をタップして、顔を緩めました。
それはそれは、幸せそうな顔です。

「んふふー」
「穂乃果ちゃん、顔が崩れてるにゃー」
「何見てるの?」

それに気付いたのが凛さんと花陽さん。
穂乃果さんは二人に満面の笑みを向けて言い放ちます。

「絵里ちゃんの寝顔ベストショット!!」

その言葉は部室を駆け抜けました。無駄に通りの良い声でした。
廊下に誰もいなかったのが救いといえましょう。
きらきらした笑顔を見せる穂乃果さん。そのベストショットとやらが如何にベストかが窺い知れます。
微妙な空気とささやかな静寂が訪れますが、それを破る人が、ひとり。

「ほ、穂乃果ちゃん、見せてもらってもいい……?」

ことりさんは穂乃果さんに近づきつつ言いました。
好奇心に勝てなかったようです。

「あ、あの、海未ちゃん、ことりちゃんの目が本気だよ、止めなくていいの?」

その表情を見た花陽さんが、この一つ上の先輩たちの幼馴染であり、窘める側であることの多いもう一人の先輩に視線を向けますが。

「寝顔……そういえば亜里沙が可愛いと頻りに主張していましたね……」

もう一人の先輩もまた、神妙な表情をしていました。
花陽さんは思います。
あ、これ止められないな。と。ごめんね絵里ちゃん。と。
自身のせいではないのに何故か罪悪感すら抱いていました。
ちなみに凛さんは止めようともしていませんでした。むしろ面白がっていました。
にじり寄る幼馴染二人から逃げるように、件の写真が表示されている携帯を掲げて、頬が緩んだままの穂乃果さんは背を逸らします。

「だめだよー、これは穂乃果専y」

言葉は途切れました。
手にしていた携帯の感触が消えたのです。
この時には部員たちの視線は、全て穂乃果さんの背後に向いていました。遅れて、穂乃果さんもまた振り向きます。
繰り返しますが穂乃果さんは扉を、廊下を背にして座っていました。そして扉は開け放たれています。
しかも携帯を掲げていました。おそらくバックライトも消えていないでしょう。
つまりです。
部室に入ってきた人に、ばっちりその写真は見えてしまうのです。

ぽぽぽ、ぽ、ぽぽぽ。ぽ。ぽ。

穂乃果さんの携帯を手にした人は、真顔のままその写真を眺めていたかと思えば、指を淀みなく滑らせました。
タッチ音が不思議と皆の耳には届いていました。
その人は操作を終えると、携帯をそっと机の、穂乃果さんの前に置いて、何事もなかったかのように部室の扉を閉めて空いた席へ向かい、椅子に座り、机の上に在った資料を手に取り。

「遅れてごめんなさい。さ、次の曲の衣装なのだけど」

あくまで自然に口を開きました。
そっか、これから衣装の話し合いなんだ。と数人が納得しちゃう場の制圧力を持っていました。
さすが生徒会長です。

「ぅぅう絵里ちゃあん!!! 何で!? 何で消しちゃうの!? あっ! 別アングルのも消えてる!!」

我に返った穂乃果さんが自身の携帯を手に取り、写真フォルダを見れば、やはりというべきか先ほどまで目にしていた写真はありませんでした。ベストショットというだけあってその他にも撮ってあったようですが悉く消去されていました。保護なんて意味を成していません。
立ち上がって涙目できゃんきゃんと吠える穂乃果さんに、絵里さんは視線を資料から外すことなく言います。

「会議中は私語は慎むように」
「あれ!? いつもの話し合いそんなじゃないよね!?」

衣装や曲の話し合いは頻繁に行われます。それぞれがそれぞれの意見を出し合い、素晴らしいものに仕上げていくのです。よって、発言を妨げるようなことはほとんどありません。なのにこれです。まるで生徒会や委員会の会議の様です。
ここでやっと、絵里さんは穂乃果さんに顔を向けました。

「穂乃果、お口チャックね?」
「わ、わん……」

綺麗な笑みでした。

「静かなる怒気を感じるよ……!」
「怖いにゃ……」

綺麗なのが逆にとても怖いものでした。
穂乃果さんの返事も相まって、しょぼくれながら椅子に座り直すのを見ていた部員たち数人の脳裏に、とある動物が浮かんでいたのは仕方のないことでしょう。
希さんが笑顔のまま、絵里さんの肩を叩きます。

「ええやんかー、部員同士の盗撮なんて日常茶飯事やん?」
「盗撮って言わない。本人が気付いていない撮影よ」
「盗撮やん」
「語感がいただけないわ。希だってよくビデオ撮ってるじゃない、あれも盗撮になるわよ」
「あれはほら、部員たちの成長を紡ぐための思い出っていうか、そんなんやんか」

ビデオカメラによる本人が気付いていない撮影の常習犯である希さんに、絵里さんは溜息をつきながら言葉を返していました。
さめざめと涙を流しかねないほど凹んでいる穂乃果さんを尻目に、今度は凛さんが携帯を掲げます。

「凛の携帯にもかよちんや真姫ちゃんいっぱい撮ってあるよ!」

言葉通り、示された液晶には数多のサムネイル。
机の上に置かれた携帯。覗きこむことりさんや海未さん、希さんに、これはこの前の昼休み、などと説明をしながらスライドショー。
そこにはクラスメイトならではといいましょうか。そんな写真ばかりです。

「り、凛ちゃん恥ずかしいよ」
「勝手にぱしゃぱしゃ撮るんだから……」

花陽さんが頬を染めて凛さんの袖をひっぱり、真姫さんもほんの少し照れながら溜息をついていました。
いくつかの写真が流れて、一つの写真に行き着きます。
見ていた部員たちの目が丸くなります。

「これって……」
「真姫ちゃん涙目激写イン自習時間!!」

高らかに宣言された写真のタイトル。状況は解りませんが、タイトル通りの写真でした。
これに反応するのは被写体です。
真姫さんには思い当たる節はありましたが撮られた自覚はありません。何でそんなの撮ってるのよ。と語気を荒げようとしたのです。
したのですが。

「えっ!?」

それよりも早く声を発した人がいました。
その声はパソコンの前から聞こえてきました。
顔の横で揺れる髪を遠心力で回しながらも素晴らしい反射で振り向いたその人は、凛さんを、凛さんの携帯を見ていました。
視線が自分に集まったと解ったのでしょう。殊更突き刺さる視線から逃げるように、にこさんはさらに上体を捻ってそちらから、真姫さんから顔を逸らしました。

「ちょっと」
「……」
「こっち向きなさいよ」
「……」

動いたら負けとばかりに座ったまま、真姫さんは声を掛けますが、にこさんから返事はありません。無視という反応はしていました。
二人とも顔が赤いです。
放っておこう。
他の部員の心が一つになりました。
気を取り直して凛さんの携帯を、写真を眺めていた花陽さんは素直に感心していました。

「凛ちゃん、よくこんなにいっぱい撮ったねー、私気付かなかった」

一年生だけではありません。部員たちの様々な顔が収められています。

「そういう花陽ちゃんのは?」

その声に応じて、差し出された花陽さんの携帯。
映しだされた、写真。

「ご飯……?」

大きめのお茶碗に光り輝く白米。
誰かが食べている写真ではなく、お茶碗に盛られた白米。その写真でした。
花陽さんは拳を作ります。

「食事中に写真を撮るのはお行儀悪いってわかってるんです! でも、でも! あまりに会心の炊き加減だったから……!!」
「おこめマイスターが絶賛する炊きあがり……!?」
「さすがかよちんにゃー」

もちろんそれだけではありません。
凛さんほどの枚数ではないものの、花陽さんならではの写真といえばいいのでしょうか、穏やかな雰囲気の写真が収められています。
携帯はことりさんに手渡され、海未さんと希さん、そしていつの間にか絵里さんまで加わって写真を見ていました。

「他はー、っと、あ、これ、凛ちゃん?」

ことりさんが首を傾げて言いました。
疑問視がついている理由は、写真を見ている人にしかわからないでしょう。

「あっ、ぁあああそれは駄目えええ!!」

どの写真か思い至ったのか、花陽さんが慌てて立ち上がり携帯をことりさんの手から奪いました。
目を丸くする先輩たちの前、胸元に携帯を抱き込む花陽さんの顔は真っ赤です。

「にゃ!? かよちん、凛の写真あるの!?」
「違うの! 凛ちゃんだけど、そうじゃなくて、ああ、えっと、とにかくダメ!!」

花陽さんの携帯に自身の写真、しかもどうやら特別である写真があることが嬉しいのでしょう。
嬉々として問う凛さんと、しどろもどろに抵抗する花陽さん。写真を目の当たりにした先輩たちもそれがどんなものだったか言及するほど意地悪ではありません。じゃれているようにも見える後輩二人に苦笑にも似た笑みを浮かべていました。
次に携帯を取り出したのは希さんでした。

「うちはあんまり面白いのないんやけど……あ、えりちの一年の時の写真あるよ」
「見せて! そしてちょうだい!!」

勢いよく立ち上がったのは穂乃果さん。
さっきまでの凹み具合が嘘のような真剣な顔でした。
一瞬室内を包んだ無言。部員たちが、ああ……、と微妙な顔をしていました。

「穂乃果」
「わ、わん……」

そしてやはり笑顔を浮かべた絵里さんの声によって、穂乃果さんは椅子に崩れ落ちていきました。
溜息をつき、絵里さんは希さんに向けて眉を寄せます。

「希も、やめてよ」
「そやなぁ、可愛いえりちを一人占めしとこかー」
「そういう言い方もやめて……」

咎めるように言った絵里さんのその頬が、少しだけ桜色になっているのを希さんを筆頭に数人がニヤニヤしながら見ていました。
照れてます。現在は突っ伏していますが、穂乃果さんが見てたらおそらくカメラを起動していたでしょう。

「そういう絵里はどんな写真があるんですか?」
「私? 特にこれといって……、送られてきたものの方が多いわね」

海未さんの言葉に携帯を取り出す絵里さん。映し出されるのは、希さんに撮られたものであろう写真や、ちゃんと了承を得て撮った皆の写真。そして送られてきたという色々な写真。その中に身に覚えがありすぎる一枚を、海未さんが見つけてしまいます。引きつる頬。

「……何故、私と亜里沙の写真があるのですか」
「ああ、亜里沙が送ってきたのよ。一緒に撮ってもらったって」
「は、恥ずかしいのですが……」
「そう? 可愛いわよ」

亜里沙さんの携帯で撮られたものなのでしょう。
腕を組んで一緒に撮った写真。嬉しさいっぱいの妹と、照れた後輩。絵里さんにとったらとても可愛いと思えるものです。
しかし、そう思ってはいなさそうな人がいました。

「海未ちゃん、亜里沙ちゃんと写真撮ったの?」
「ええ。ねだられてしまって」
「……」
「ことり?」

じっとその写真を見ていたことりさんは、しばらくしてから海未さんに首を傾げます。

「海未ちゃん、あとで写真撮ろっか」
「え、ええ、わかりました」

笑顔でした。
なのに、どうしてか有無を言わせないものでした。
ことりさんの様子に疑問符を浮かべている海未さんと、約束を取り付けたことに上機嫌のことりさん。
二人の幼馴染を気に留めず、穂乃果さんはやはり机に頬をくっつけたまま絵里さんを見ます。

「絵里ちゃん、穂乃果の写真は?」

自身の写真が絵里さんの携帯に収められていないのか。そう穂乃果さんは聞きたかったのでしょう。
絵里さんは少し考えて、穂乃果さんに携帯を向けます。

「はい、チーズ」

条件反射でしょう。
そのままの体勢でにかっと笑う穂乃果さん。直後、パシャリ、と機械音。
液晶を見て頷いた絵里さんは、そのまま何も言わずに携帯をしまいました。
誰も何も言えないまま、一連の動作は行われました。

「あああああああああ!! 絵里ちゃんずるい!!」
「私はこっそり撮ったりしてないでしょう?」

やっと何をされたのか理解した穂乃果さんが異議を申し立てますが、正当とは言えないものですが反論されてぐっと言葉に詰まります。
しかしすぐにその目を輝かせました。その道理が通るならばと。

「じゃあ寝顔撮らせて!!」
「却下」
「わあああん!」

お伺いは棄却されました。
穂乃果さんは再び崩れ落ちました。
こんなやりとりは割といつものことです。
すでに二人から意識を外していた凛さんは、真姫さんに視線を向けます。

「真姫ちゃんの部屋もカメラいっぱいあったよね、イチガンレフだっけ?」
「ええ」
「学校には持ってきてないし……あ、でも携帯のカメラ、ガソスウがいいやつだよね?」
「そうね」

おそらく、真姫さんに携帯の写真を見せてといっても見せてはくれないでしょう。それ以前に、携帯で写真を撮っている姿をあまり見たことがないのです。
大抵、撮られる側。もしくはとばっちりを受ける側です。
いつの間にか一番離れた場所、穂乃果さんの方へと逃げてきていたにこさんに視線を向けていた真姫さんは短い返答しかしませんでした。

「なぁなぁ、真姫ちゃん」
「何よ」

だからなのでしょうか。希さんがしたことは、まず自身に真姫さんの意識を向かせることでした。
訝しげで不機嫌そうな視線が自分に向いたことを確認し、希さんは問います。

「お家にあるカメラで何撮ってるん?」
「べ、別に誰だっていいでしょ」

数瞬の間を置いて、真姫さんの視線は逸らされます。
不満による不機嫌から、照れによる不機嫌へ。頬も、彩りを戻していました。
しかしここで終わってくれるわけがありません。

「うち、“誰”とは言ってへんけど」
「!?」

希さんによる、笑顔の追撃。
今度こそ耳まで赤くなった真姫さんの出来あがりでした。
いつもなら真っ先にからかうはずの人は、穂乃果さんの隣で机に突っ伏していました。覗く耳はどこかの誰かと同じ色でした。
誘爆したようです。
そんなことになっていようが誰ももはや気にしません。慣れたものです。
いつの間にか携帯を取り出していたのはことりさんでした。

「私のも、穂乃果ちゃんや海未ちゃんや、皆がいっぱい写ってるよ」
「ことりちゃん良く撮ってるもんね」
「えへへ」

ことりさんは頬を緩ませ、自身しか見えない角度で液晶をひと撫でしていました。

「海未ちゃんの可愛い写真もいっぱいだよ」

そうして顔を上げたことりさんが見たのは、真剣な顔をした海未さんでした。
首を傾げれば、やはり真剣な声で海未さんは言います。

「ことり、何を撮ったんですか」
「……」

黙秘権の行使でした。
笑顔を浮かべたまま、反対側に首を傾げて口を閉ざしていました。

「ちょっと見せなさい」

海未さんは、掌を差し出しました。
ようやく、ことりさんは口を開きます。

「タイシタモノジャナイヨ?」
「ことり……!」

携帯をしまいながらの言葉でした。
見せる気なんて微塵もありません。
海未さんがどうにかして携帯を取ろうと奮闘を開始します。とは言っても、ことりさんに対して海未さんが力でどうこうできるわけがないので地味な戦いです。
静かなる攻防を開始した幼馴染に気付きもせず、穂乃果さんは携帯を握りしめて唸っていました。傷は深いようです。

「ぅぅうう……」
「ふっ、これに懲りたらバックアップって言うのを覚えなさい」

その様子を見てにこさんが口端を上げて言いました。
嫌味を言えるほどには回復したようです。耳はまだ若干赤いです。

「そういうにこっちはどんな写真のバックアップ取ってるん?」
「そりゃあ……」

あまりに自然な問いかけだったのです。
なのでにこさんはついぽろっと言いそうになりました。が、踏みとどまりました。
得意顔でふんぞり返った状態のまま固まって数秒、ぎこちなく得意顔を維持して言い放ちます。

「可愛い可愛いにこにーの自撮りに決まってるでしょ!!」
「わあ、見せてくれるんよね☆」

希さんの返しは的確な攻撃でした。
クリティカル。会心の一撃です。にこさんにとったら効果は抜群です。

「……」
「……」

双方笑顔のまま固まりました。
だらだらと脂汗をかいているのがどちらか、言うに及ばないでしょう。
希さんは自分の携帯を軽く揺らして、にこさんに笑みを向けます。

「ちなみにー、うちのにはにこっちの写真もあるよ」
「は?」
「この前の体育後半遊びやったやん、これ覚えとらん?」
「えっ……あっ」

差し出されたその液晶を見て、にこさんの頬が引きつりました。
すぐにひっ込められた携帯は絵里さんの方へ。

「えりち、見てみー」
「ん?」
「ちょ、絵里ちゃん見ちゃだめ!」

笑顔の希さんが差し出した携帯。それを覗きこもうとする絵里さん。
どうにか阻止せんと立ち上がりやってきたにこさんでしたが。

「はいはい、少し邪魔しないで」
「ちょおおおお!? 離しなさいよ!! ちょっと!!」

絵里さんに捕獲されてしましました。
覆ることのない身長差。背後から腕ごと抱きすくめられて、がっちりホールドです。絵里さんよりは間違いなく非力なにこさんにはどうすることもできません。絵里さんの顔は笑っていました。ちょっと楽しんでいます。
喚くにこさんを腕の中に収めつつ、絵里さんが見た写真。

「あ、可愛い」
「せやろ?」

どんな写真なのでしょうか。授業中ということは、おそらく三年生しか見る機会はあまりないでしょう。
同級生二人にそんなこと言われて、色んな意味で恥ずかしいにこさんは吠えます。

「こらあああああ!!! 肖像権の侵害よ!!!」

けれど、頬にも耳にも血液が集まった状態では怖いわけがありません。

「それをにこが言うの……?」
「え、絵里ちゃんも同じことされたんならわかるでしょ!?」
「これとあれは違うでしょ、だってこれ……」
「わあああああ!!」

騒ぐにこさんに鼓膜を若干疲弊させながら絵里さんは気付きます。
とある二つ下の後輩が、何やらにこさんに向けて、というよりは絵里さんに向けて意味あり気な瞳を向けているということに。
その理由に気付かないほど、絵里さんも鈍くはありませんし、からかおうだなんて思いませんでした。今回は、ですが。

「はいはい、悪かったわよ」
「見てから言うな!!」

だから、絵里さんの取った行動はにこさんの解放と言うものでした。
すぐに振り向いて絵里さんに咬みつかんばかりに抗議するにこさんが状況を冷静に判断していれば、希さんがしようとしていることを妨害していたでしょう。しかしもう遅いのです。

「真姫ちゃんも見るー?」
「ちょっ!?」

驚いている真姫さんの前には、笑顔を浮かべる希さん。その手には、携帯。
しかし、まだ差し出されたわけではありません。写真を見てはいないのです。
これ幸いとばかりににこさんも真姫さんへと詰め寄ります。

「ま、真姫ちゃんはにこの写真見たいの? 可愛い可愛いにこの写真が見たいんだ? 見ちゃうんだー?」

にこさんの言葉は切羽詰まりながらも、写真を見せないという結果を得るためには十分な力を持つものでした。
さすが、真姫さんの性格を解っています。
二人の先輩を前に、真姫さんは無言でした。
花陽さんは、気付いてしまいます。

「ああ、真姫ちゃんが揺れてる……! プライドと本能で揺れてる……!!」

真姫さんの心が、ぐっらぐらとふらついていることに。
どちらに転ぶかは、わかりません。

「んにゃ、この場で見せてもらうにジュース一本」
「うーん、あとで本人を詰問してどんなのだったか聞くにジュース一本」

凛さんとことりさんがそんなことを言う始末です。

「こら、賭けごとはやめなさい。あとことりは早くどんな写真か見せなさい……!」
「だぁめえぇえぇえっ」
「と、ところで凛ちゃん、何で私の写真だけ凄い容量になってるの……!?」
「メモカもあるにゃ」

それを諌めつつも、海未さんはことりさんの携帯とどうにかして取ろうとして腕を伸ばしていましたが、ことりさんもまた携帯を持つ手を海未さんから必死に離していました。一見すれば海未さんがことりさんに抱き着いているようにも見えます。
花陽さんもまた改めて見ていた凛さんの携帯の写真フォルダのデータ量に戦慄していましたが、事もなげにさらなる事実を告げられて言葉を失っていました。どんな写真かは凛さんしか知りません。

「絵里ちゃんの、絵里ちゃんの寝顔ベストショットぉ……」

部室内はとても混沌としていましたが、穂乃果さんにはそんなことより失った写真の方がよほど重要だったのでしょう。
未だに凹んでいました。
その姿を見て、絵里さんはもう一度溜息を吐きだします。
浮かべたのは、仕方ないというような、笑み。
絵里さんは、立ち上がります。

「穂乃果」

呼びかけにすぐに向けられた瞳に、さらに苦笑を重ねて、手招き。

「おいで」

一も二もなく席を立って寄ってきた穂乃果さんの頭を撫でると細められた目に微笑んで、穂乃果さんの手中にある携帯を指差し、カメラ機能の起動を促します。
絵里さんが受け取った携帯の液晶には鏡のように写った自分たち。
隣に立った穂乃果さんの頭を抱き寄せるようにし、自身も頭を傾け寄り添って、画面越しの穂乃果さんに、言います。

「笑って」

一瞬後。花咲く笑顔。
パシャリ。機械音が響きました。

「これで我慢しなさい」
「うん!!」

手渡された携帯を胸に抱き、嬉しそうに頷く穂乃果さんの頭をもう一度撫でて、絵里さんはまた椅子に腰を下ろしました。
穂乃果さんは今しがた撮った写真を確認しているのか、液晶を見て笑顔を浮かべていました。
そして、言います。

「穂乃果にはまだ絵里ちゃんのお風呂上りベストショットもあるし!!」

蹴倒さんばかりの勢いに、パイプ椅子が悲鳴をあげました。
穂乃果さんの携帯が一時没収される五秒前のことでした。








「な、何でダメなの!? 亜里沙ちゃん監修だよ!?」
「だから何でそういうところで仲良くなってるの!?」



矢澤さんはあいどるたちのローアングルベストショット集を持ってると思うんですよ。くださいとは言いません。全員分だなんて言いません。ただ、絢瀬さんのを見せてほしい。

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