本日ハ快晴ナリ



午前七時をお知らせする。
おはようございます。良い朝を宿舎の前にあるちょっとした広場でラジオ体操をして満喫し終えた提督です。前にラジオ音量を大きくし過ぎたせいか、夜型たちからうるさいと怒られた司令です。でも最近は駆逐艦や軽巡、さらには重巡の数人が一緒に体操してくれてとても嬉しい司令官です。名前はもちろんあるけれどさっぱり呼ばれていないから正直呼ばれても反応できる自信がないのだが、つまりこの鎮守府で一番偉い人なのだ。
かといって権力があるかどうかと言われるとそうではなく、資材と言う名の家計をやりくりしたり、娘たちの鍛錬の機会を無理矢理与えたり、新しいおべべなどを用意したり、あとは諸々あるけれど、出撃した後は祈るしか出来ないやつのことを言うのだ。応急修理要員と応急修理女神のほうがよっぽど娘たちを守ってくれると思う。
そう言ったら鳳翔さんにやんわりお説教されたので他の娘たちの前では口にしたことはない。提督は堂々としていなければならないのだ。士気云々とか、色々とある。鳳翔さんには忘れてくださいと言ったが二人だけの秘密ですね、と言われてしまった。敵わない。
本日は演習と遠征、さらには練度向上のために出撃を行う予定ではあるが、一番早い遠征の会議予定は九時からである。それまで書類処理やらすることはあるが、朝食を済ませ、まだ余裕はあるから少し散歩することにした。
のだが。

「提督!!」

早速捕まった。鎮守府の一番偉い人の一番大きな仕事はおそらく艦娘たちの不平不満を聞き、かつそれを限りなく穏便に解決することだと最近思いつつもある。ところでそんな襟首をぎゅいぎゅい掴まないでほしい。締まっている。当たり前だがこの身体は艦娘の様な仕様ではない。もろい。逃げられない。ブラックアウトしてしまう。呼吸困難を身振りで示し、やっと離してくれたので事を聞こう。
何かな、阿武隈さん。

「北上さんに説教してください!」

それはまた。どうしたんだ。いや、ああ、わかる。そうだな。でも北上さんのあれは楽しそうだから。うん。そうだな。阿武隈さんにとったらそうではないんだな。でも北上さんに触られるっていうか触れるって凄いことなんだぞ。えっ。ああ、うん。そうだな。大井さんはいい人だな。そう。北上さんさえ関わらなければ美人で優しくて穏やかな人なんだけどな。秘書艦にしてもとても優秀なんだがどうして北上さん絡みだとああなるのかな。そこんとこどう思う阿武隈さん。ああ。うん。わかった。説教ね。わかっているからそんなに涙目で睨まないでほしい。裾掴まないでほしい。ほら、絵面だけ見たら誤解されそうではないk

「青葉、見ちゃいました!」

振り返ると建物の蔭から見覚えがある藤色の髪の尻尾と、聞き覚えがある声が去って行った。しばらく見詰めた後に顔を戻すと阿武隈さんはこっちを睨んだままだ。気付かなかったらしい。だが非常にまずい事態であることには間違いない。あることないこと吹聴されてはたまらない。ここは迅速に追わねばならないので阿武隈さん離してほしい。

「だから説教を」

取材が大好きな子がいました。

「えっ」

聡明な阿武隈さんならわかるだろう。尾びれ背びれが多大に接着された噂が放流されたらどうなるか。だが所詮噂だ。しかも出処はあの子である。が。純粋で真っ直ぐな子はそれを信じてしまいかねない。そう、例えば暁型の末っ子、あとは、ほら。綾波型の、末っ子。
阿武隈さんは三秒ほど動きを止めて。

「もー!! 提督早く追ってください何してるんですか!!」

ぷんすこされた。追い立てられるように駆け出しながら思う。理不尽だ。










青葉さんは見つからなかった。その代わりに衣笠さんに事情を説明し、お姉さんを如何にかして、と伝えたので如何にかなると信じたい。丁度傍にいた日向さんからとても残念なものを見る視線を貰ったがそんなのは些細なことだ。ノーモア、この鎮守府で一番偉い人の信用失墜。

「榛名は提督のこと信じていますよ?」

清涼剤である。若干の苦笑いを以ってそう言ってくれた榛名さんにお礼を言いたくなる。ありがとう。言った。榛名さんははにかむ姿も似合う。うん。可愛い。そう思わないか、霧島さん。
あっ。
ボーキサイトをしこたま食べる空母組を見るような目で見ないでほしい。最近出撃が多いのだ。空母組は艦隊に二人ずつ入ってもらっているのだがその組み合わせが中々難しい。一航戦の表情筋が固い方と、五航戦のスカート引っ張る方を組み合わせると戦闘中はまだしも航行中がギスギスすると聞く。けれども戦闘は非常に素晴らしい。だけれども艦隊の他の子の胃がつらいらしい。完全勝利なのに胃が大破。不思議なものだ。あのギスギスを気にしない艦で組まなければならないな。別に、表情筋が固い方はスカート引っ張る方を本気で嫌ってはいないと思うのだが。きゃんきゃん吠え合っているようなものだと思う。上の子たちも言っていた。
閑話休題。
ところで。さっきから気になっているのだが、何故二人は手を繋いでいるのか。

「私が聞きたいです」
「霧島の手はあったかいんです」

なるほど。ですって、霧島さん。あったかいんですって。体温的にはたぶんかわらないのに、あったかいんですって。どうなんですか。あったかいですか。そう言えば先日の帰投の際は比叡さんともども駆逐艦の子と手を繋いでましたね。大人気でしたね。ほうほう。なるほど。もしかして部屋からずっと繋いでるんですか。断れなかったんですね。榛名さん凄くふんわり笑顔ですよ。可愛いですね。ね。
うん。霧島さんが笑った。凄い、目だけ笑ってない笑顔と言うものは迫力がある。なまじ美人だから尚更だ。

「霧島? 提督? ……二人で笑いあって、提督、ずるいです」

ですって。霧島さんと笑いあってるのがずるいんですって。

「司令、何を仰りたいんですか?」

いや、気付いてないのなら見守ることとするよ。

「何なんですか!」

おっと、書類処理が待っているから執務室に戻らなくてはいけない。
金剛型の四人は本日出撃無しだからゆっくり休んでほしい。一番上のお姉さんに三時のお茶は一緒に出来ると伝えてくれ。以上だ。
















「提督さん! 今日は出撃っぽい?」
「まずは挨拶をしよう、夕立。提督、おはよう」
「おっはよー!」

おはよう。
執務室に向かう途中に背後から声を掛けてきたのは白露型の二番目と四番目。正反対のようでやはり姉妹だ。共にいることが多い。
さきの問いの答えとするならば、本日の出撃艦隊に夕立さんの名前は連なっていない。四艦隊全てに、だ。基本的に出撃する艦には前日には通達している。そう。遊ぼうと尻尾振っているように見える夕立さんの隣の、静かにお座りしているように見える方は、通達を受けているはずだ。
遠征組。第三艦隊。夕張さんを旗艦に、時雨さん、五月雨さん、朝潮さん、満潮さん、荒潮さん。
脳裏を巡る書類に記載された名前。
さて、どうしたものか。きらきらした目で見てくる夕立さんを前に、察しているのか苦笑している時雨さんを視界に収め、考える。

「提督さん?」

振り返ると、廊下の角からやってきたのだろう。由良さんが小首を傾げていた。廊下で立ちつくしているのを不思議に思ったのだろう。そして、反対側、夕立さんが視線の先、立ちつくしている遮蔽物越しに、由良さんを見つける。

「由良!!」
「っと、夕立、いきなり飛び付かないの」

駆逐艦たちの身長はまちまちだ。だが一つ言えることは、軽巡たちとはそれなりの差があるということ。夕立さんが腰に抱きついているのを、由良さんは仕方ないと顔に書いて受け止めている。

「由良! 由良も今日出撃っぽい? 一緒?」
「ええと……」
「違うっぽい……?」

やめてくれ。そんな雨に濡れた子犬のような目で見ないでくれ。由良さんもそんな目で見ないで頂きたい。どうしましょうって目で見ないで頂きたい。時雨さんに至っては達観したような目を向けないでほしい。いつものことなのは知っているが止めてほしい。
下唇を上に引き上げる。への字。ううむ。

「夕張が、最近出撃が続いて艤装のチェックが中々出来ないとぼやいていたと五月雨が言っていたよ」

静かな声の出処を見れば、いつもの深い青が緩く弧を描いていた。ほう。そうか。それはそれは、貴重な情報をありがとう。
さて、由良さん。

「いつでも」

察しが良くて大変助かる。由良さんは穏やかに、けれどもきっぱりと言ってくれた。遠征の内容と、艦同士の連携。頭の中で想定。No problem !! 脳内で金剛さんが親指を立ててくれたのでよしとしよう。
それでは、時雨さん。

「何かな」

夕張さんと五月雨さんに確認してもらえるかな。執務室まで報告を頼むよ。

「ふふっ、了解」

踵を返した時雨さんを、由良さんに頭を撫でられながら唯一よくわかっていない夕立さんだけが首を傾げていた。
それにしても、なでなでいいですね。

「だめ! 由良のなでなでは高いんだから!!」

いくらですか。

「提督さん……」

すみません。

















また模様替えを行って部屋の真ん中を陣取るのは西洋のテーブルとソファ、さらには紅茶セット……と言いたいところだが今は紅茶もなければティースタンドもない。誰かしらがやってくれるため紅茶は淹れ方すら良くわかっていない。今度教えてもらうとしよう。端っこに追いやられた執務机に腰を掛け、書類を手に取り署名や確認をしていく。

「ちーっす」

軽いノックと緩い挨拶。現れたのは翡翠色。
おはよう鈴谷さん。それでは本日の秘書艦、よろしくお願いする。
りょーかーい。間延びした返事だった。一人掛けのソファに座り、欠伸をもらす鈴谷さん。時刻は八時過ぎ。過去を顧みるに、いつもより少し早いご登場だ。すっきり目覚めたかと言えば、重たげな瞼がそれを否定している。
今日はいつもより早いが、どうしたんだ。

「熊野に起こされたー。いつまで寝てるんですの、つって」

同室のお嬢様とは生活サイクルの好みが真逆だったのを思い出す。夜型を直したらどうかな。無理か。そうか。
しかし、寝起きが良いとも言えないと聞き及んでいる。よくまあ、起きれたものだ。
鈴谷さんは頬杖をついて、二度目の欠伸を噛み殺しながら言う。

「腕ん中でずっとにゃーにゃーうるさく言われたら起きるっしょー?」

ああ。うん。
ぼうっとした鈴谷さんを見る。見る。見続ける。瞬きをゆっくりと繰り返している。言動と思考のタイムラグは二分だったらしい。鈴谷さんの動きが一瞬止まり、口元を抑えた後、目元を掌で覆った。カワセミって顔の部分赤かったかな、と関係ないことを思う。

「……ごめん忘れて」

無理だ。
書類に視線を戻して言い切った。












「ちが、違うから、違うの、あの、ほら、そう、比喩表現的な?」

へー。

「聞けってば!」

聞いてるよー。



痛っ、雑誌投げつけないでください鈴谷さん。
「うっさい!!」

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