余所でやれ



裏庭に三毛猫がいた。
どーしたの、迷子ー? 迷子ですーってセンセーんとこ行くー?
足元に寄ってきたのでもふもふしてあげた。
んー。ふかふかだねぇ。日向ぼっこ好きでしょお。
緑色の目が、見上げてきた。
にゃあん。高い声。
かわいいねぇ。
……。
ッハ。
こんな計算思いつくなんて、シンクちゃん天才。
でも。うぅん。
どーすればいいかなぁ。


























「にゃー?」
「シンクさん?」

裏庭から戻ってきたシンクは濃い茶色の髪を見つけると足取り軽やかに隣へと腰を下ろしました。
口元に笑みを浮かべた彼女に対し、シンクが発した言葉が、これです。

「にゃーあ」
「えっ」

小首を傾げて、にこにこ小さなお花が飛んでそうな笑顔で、鳴いていました。
同じく、でも違う意味で小首を傾げた彼女に、猫語が解読できるのでしょうか。

「にゃーあーん?」
「あの」

そんなわけがありませんでした。
困惑の表情を浮かべた彼女。けれど鳴き声はやみません。にこにこ。ぽわぽわ。目の前の空気は砂糖菓子。

「んにゃあ?」
「……」

その声に合うふさふさの耳が、明るい茶色の髪に、背中の向こうに、同色の毛足が長く細い尻尾。
そんな幻覚が薄ら見えて彼女が、デュースがぽっと頬を染めていました。


















「えっ、なに、新しい手段にでたわよ」
「ついに頭が……」
「元々アレだろ」

それを見ていたきょうだいたちはそれぞれ口にしていました。
口々に酷いことを言いながら、それでも猫と化している妹の一人の行動の理由は解りません。大体解せぬ。
一通り言い終って、きょうだいの視線はその妹と雰囲気が似ている、気がする、兄の元へ。

「あれ、どうしたの」
「どうして僕に聞くかな〜?」
「頭の緩さが似てるから」
「うわあ酷い〜」
「良いから説明をお願いします」

散々な言われようでしたが、兄はじっと妹たちを見ました。
ん〜。瞬きを数回。

「甘えたいんでしょうか」
「ああ、有り得る……」
「だからって猫になるか」

おそらく大多数の予想になるであろう答え。
それを聞きながら、頬杖をついて兄は言います。

「ちょぉっと違うかな〜」























「にゃあん?」

声をかけても返ってくるのは鳴き声のみ。
デュースは困っていました。どうしよう。可愛い。もはや可愛いどうしようという困惑に変わりつつすらあります。
元々猫の様な人です。虎だろ。猛虎だ。そんな声が各方面から豪速球で飛んできそうですが、デュースにとったらどちらにせよ可愛い人です。
悪戯されることもあります。困ることもあります。それでも全力で甘えてくる、甘えさせてくれる人です。

「にゃーあーにゃー?」

語尾上がり。
何かを訴えていることは確かでした。
けれど何を考えているのかわかりづらいと有名なこの人です。一筋縄ではいかないでしょう。
とりあえず。
というより、主に自身の欲求から、デュースは腕を伸ばします。

「猫さんですか?」

三角形の耳という幻覚が見え隠れするその頭に、掌を乗せて、柔く撫でてみれば細まる瞳。
見るからに脱力したのがわかります。受け入れてくれたことを嬉しく思いながら撫で続ければ、掌に押し付けられる頭。

「んにゅー……」

気をよくして、頭から頬へ、頬から顎下へ。
掌を滑らせて、指先でくすぐれば蕩けるように浮かぶ笑み。ごろごろ。ごろごろ。喉鳴りの音が聞こえそうなほどです。

「本当に猫みたいですね」
「ふにゃあ?」

にこにこ。ぽわぽわ。ふにゃふにゃ。ごろごろ。
二人を包む空気は、そりゃあ、もう。




















見ていた人たちの顔をしかめさせるには十分な糖度を誇っていました。

「うわぁ。……うわあ」
「……部屋でやれ」
「どうやら撫でられたかったようですね」

口の中が砂糖でじゃりじゃりするような光景です。
しかめっ面。悪態。溜息。
三者三様。けれどもある種似た反応を示した彼女たちに、のほほんと彼は言います。

「違うと思うよ〜」

視線の先は、変わらず二人。


















一通り撫でてもらってご満悦な顔。
デュースがそれに頬を緩めていると、シンクはまた小首を傾げます。

「にゃーう?」

甘やかな語尾上がり。
撫で足りなかったでしょうか。そんなことを考えて、デュースもまた小首を傾げます。
くりくりした綺麗な目が、猫を想わせる目が真っ直ぐ見詰めてきます。
にゃん?
繰り返される鳴き声。
それをデュースが口にしたのは、それこそ特に何の考えもなかったのでしょう。
シンクに向かって笑顔。発されたのは。

「にゃあ」

鳴き声。
ぱあっと。目の前の笑顔がさらに輝いて、頬がゆるゆるになったのを、デュースは見ました。

「かーぁーいぃーっ」
「ぷぁっ」

心地よい圧迫と、いい匂い。腕の中に収められたと理解すると同時に耳元でその声。
やっと人語を解したその人は、デュースの頭に頬を摺り寄せて、ぎゅぎゅうと腕の力を込めていました。

「し、シンクさんっ?」
「デュースかわーぁーいーいっ」

いえそれはシンクさんの方です。
頭をその言葉が通り過ぎましたが、デュースは事態をあんまり把握していませんでした。
何故、自身が抱きしめられて可愛い可愛い連呼されているのかと。
いつものことだ。頭の隅で誰かが言った気がしますが気にしないことにしました。ちょっと顔がこれ以上赤くなるのは御免だったようです。
よくわからない葛藤を繰り広げるデュースを囲う腕の力が少し緩みます。
上げた視線。極至近距離に、笑顔。

「もっかい、デュース、もっかぁい」
「えっ」
「にゃーん?」

語尾上がり。鳴き声。
纏まらない思考のまま。

「にゃ、あ?」

戸惑いながら鳴けば、目元がゆるんだ、嬉しいと全力で示した笑顔。

「かぁーわあいぃー」

もぎゅう。
また腕の中に逆戻りです。

















にへ。
彼は笑って両手を広げました。

「正解は〜、デュースににゃあって言ってほしかった!でしたあ」
『わかるか!!!』

どうでもよさ気に吐き捨てた二人に対し、ゆっくりと吐き出される息。
軽い頭痛を憶えた頭を気にしつつ、彼女は零します。

「考えるだけ無駄でしたね、色んな意味で」

まったくです。



猫=可愛い
デュース=超可愛い

可愛い+可愛い=とても可愛い

デュース+猫=とっても可愛い

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