キングせんせー



今回はキングお兄ちゃん。






ホットケーキ。
ドーナッツ。
クッキー。
アップルパイ。
マザーが作ってくれるお菓子はどれもおいしい。
あまあい匂いがいっぱいで、すぐにお腹がぐうぐう鳴る。
おいしそう。って思って。食べたいな。って思う。
いつものご飯もそうだけど、お菓子が一番そう。
そう、だったんだけど。
その一番にじりじり近づいてくるものがあるって、気付いた。













あの子の傍にいると、自分がわからない時がよくあると気づいた。
あれからもっともっと後のこと。背が大分伸びた頃のこと。メイスの重さが手に馴染んで、痛みの我慢の仕方を憶えて、骨を砕く感触に慣れた頃。
自分で自分がわからないなんて、それが不思議で、ちょっとだけ不安で。
それでも。何故か。見つけると、寄って行ってしまうのはいつものことで。

「デュース〜」

突撃して、小さな悲鳴ごと抱きすくめて。ごろごろ。ほっぺに同じものをくっつける。
最初こそ慌てるけれど、もう小さい頃から続けているから、わたしだと気づくと最近は力をすぐ抜いてどうしたんですかって、ちっちゃい子供に向けるみたいな顔するからちょおっと不満。ねえ、慌ててよ。

「んー、なんでもなあい」

ぐりぐり。首元に顔を埋めて、ゆっくり深呼吸。
ああ。いい匂い。
うん。
















説教は嫌だからっていうのと、説明が長いのは苦手だから、そこらへんを考えて、探した先にはオイルの匂い。
金属音と、汚れた布。もくもくと武器の手入れをしているキングを発見。
まあた眉間に皺寄ってる。そんなんだから本当の年より上に見られちゃうんだよ。ただでさえ怖いって言われてるのに怖いの三割増し。
笑えばいいのに、ってほっぺむいむいした時の眉間の深さが一番だったけどねえ。
そんなことより、目的の人物を見つけたのでさっそく近寄る。周りに人も居ない。絶好のチャンスであります。

「キンーグー」
「ん?」

とりあえず隣に座りこむとすぐに言われた。オイルが付くから触るなよ。はあい。わかってますよ。落ちにくいんでしょお。
私は言う。疑問があるのです。
あ、皺深くなった。別に変なこと聞くわけじゃないよ。ソッチョクな意見と、あわよくば答えがわかればなー、ってくらいだから。

「ある人から甘い匂いがするんだけど、なんでかなぁ」
「……はあ?」

珍しいものを見るようなキングより、珍しく変な声を出したキングの方に、びっくりだよ。























しばらく目を閉じていたキングが、ゆっくりとこちらを見た。

「誰かとお菓子でも一緒に作ってたのか」
「ちがうよお。いつもなの」
「いつも?」
「いつもあまあくておいしそうな匂いするんだよ」

キング、眉間に跡付くよ。もう遅いかもしれないけど。
ほぐそうとしたのか手を顔に近づけて、その手がオイルで汚れてるのに気づいて、おっきな溜息一つ。

「キングせんせー、どーしてだと思う?」
「どうしてと言われてもな……」

ねえねえ。これってやっぱりさぁ。

「食べろってことかなぁ」
「それは違う」

苦い顔で即答された。
















ええぇええぇえぇぇ。だってすうごくおいしそうな匂いなんだよ。
キングだってそう思うでしょう。そう言おうとして呑み込んだ。苦い。
あ。だめやっぱだめ。わたし以外だめ。
何でそう思ったのかわからないけど、だめ。だから言わない。言わせない。
膝に顎をのっけて、頬を膨らませる。変な筒とかバネとか色んなものが並ぶ布を見る。

「だぁってー、色々舐めたら甘いかもしれないじゃあん」
「そんなわけがあるか」
「ええぇ……甘かったもん」
「……。ちょっと待て、試したのか」
「あっ。なぁいしょー」

あぶないあぶない。
これは秘密だった。にこって笑えば、ほぉら、キングも騙されてる。気がする。
誰にも言ってない。誰にってのは、誰にも言ってない秘密のこと。わたしだけのトップシークレット。
でもいつかは言わなくちゃ。いつ言えばいい。あの子に。今は言えない。わからないから。
溜息いけないんだよー。なあんで皆わたしと話してると溜息つくの。失礼しちゃう。

「食べ物ではないだろう」
「生肉あんまし好きじゃないんだけどねー。サシミっていうのもあんまり好きじゃなーい」
「そういう意味ではない」
「減っちゃうから食べたくないしぃ」
「だからそういう意味ではない」

欠けちゃったらやだ。
全部揃ってあの子。零れたものは拾って、マザーと一緒に戻してあげる。要らないものなら、戻せないなら。それなら私が食べてもいいよね。もらっていいよね。
でももうちょっと増えてほしいんだよねぇ。もっといっぱい食べさせないとだめかなー。抱きしめた時の感触って重要だよね。ほわほわする。
ねー。感触って重要だよねー。キングの刈り上げの部分みたくさー。触っていーい?

「シンク」
「んんー?」
「おいしそうというのは人に向けるものではない」
「知ってるよぉ」

だから不思議なんじゃあん。
もー。キングってば、そんなわかってるのかって顔で見ないでよ。わたしだってジョーシキ的なものは知ってるよ。
それがわたしに適用するかは別として、ね。
知識とか理性とかそういうものは一定のラインがある。同じ教育を受けたものなら皆一緒。そんなのつまらない。
感覚的なもの。それは人によって違う。色んな人がいるなら、そっちの方が面白い。だからわたしはそっちのが好き。
たのしい。うれしい。かなしい。むかつく。つまんない。
全部、違うのがおもしろい。
キングの肩口に顔を近づける、ぎょっとしたのが見えたけど気にしない。気にしなぁい。

「うーん、オイルくさいし、おいしそうじゃなぁい」

あっ。ちょっと傷ついた顔した。ごめん。ごめえん。
違うよー。いつもは清潔感あふれる硝煙の匂いとかするよー。微妙な顔された。お気に召さない?
うぅん。
やっぱり、あの子以外、おいしそうじゃない。
食べ物はおいしい。お菓子もおいしい。
ならこのおいしそう、は。

「味覚じゃない、別の意味ならどんなのがあるのー?」
「そういうところで変に聡い部分が、お前らしいな……」
「うわあ、だいせいかーい?」

褒めてる? 褒めてるの? もっと褒めていいよお。
頭撫で撫でしてくれたっていいよ。でもオイルちゃんと落としてからねー。髪べたべたになっちゃう。
うーん。でも、そしたらあの子に洗ってもらうのもいいかなぁ。うん。それもいいなー。やっぱり撫でてくれてもいーよ。

「お前の得意な感覚的なものだ」
「あー、その言い方ずるいー」
「とりあえず、それがなんなのかわかったとしても、無理強いはするな」
「えぇぇえぇ……やだー」
「どういうものかわかってないのにいやなのか」
「だってぇ、もったいないよぉ」

他の何にもない。他の誰にもない。
たったそれだけにしか、感じないもの。

「それにしか感じないおいしさって、格別だよぉ」

ね?
そう頷きを求めたらまた溜息を吐かれて、キングは自分の髪をがしがし、あっ、オイル付いた。キングってばうっかりだ。
自分で気づいたのかいやぁな顔してる。自業自得って言うんだよ。わたしのせいじゃないからね。
もっかい溜息を吐いて、キングは私を真っ直ぐ見る。
おお。なんか意見をくれるの。待ってました。どうぞ。

「本人の了承が得られないのなら、するな」
「ぅえぇぇえキングもそれ言うのぉ……」
「いいな」
「……んにゅー」
「シンク」
「はぁい」

キングせんせーも厳しかった。
うわーん。












と、言うわけで。
今回も了承が必要らしいことがわかったけれど、この感覚についてはさっぱり解らなかった。
遠回りじゃなくて、直球で答え教えてくれたっていいのに。皆意地悪だ。
わかんない。わかんない。なんにもわかんない。
わかるのは。

「デュースー」

日に日に甘い匂いが増してるってこと、だけ。



ちょっと自覚あるシンクちゃん

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