負けられない戦いが、ある



スキンシップが好きなのは知っていました。
何故かなぁって思いはしたけれど、貴女らしいといえばそうで、こういう理由があったとは知らなかったんです。











ノックに返事をすれば緩やかな音。招き入れたシンクさんはいつものようにベッドに座りこんで隣をぽんぽんと叩いた。
そこに収まって、色んなお話をする。それが、いつもの眠る前のひと時。
その、所謂、おつきあい、というものをさせてもらうようになってからそれなりに、経つ。
十人が十人見て、綺麗と答えるであろうそんな人。その隣に居ることを許されていること。まだ、たまに不安になる。
それを口にするととても悲しそうで、少し怒った顔をするものだからあまり言ったことはないけれど、ずっと思っている。
それでも一日に一度は、下手をすると顔を合わせればいつでも、特別な二文字を両手を広げて一直線に伝えてくれるものだから、私はとても幸せなんだろう、なぁ、って。一人顔を赤くしたりなんか、して。
その、特別な二文字という音でもいっぱいいっぱいになる私に対して、シンクさんは容赦があまりなかった。

「デュースぅ」

呼び声に首を傾げれば、猫のしなやかさを以ってしてシンクさんはこちらににじり寄ってきた。
腰が引ける前に太腿に手を置かれてもう動けない。猫って前脚で獲物を抑えつけてから、それから。

「ちゅうしたいなぁ」

噛みついてしとめるんです。
そんな知識がぐるりと頭の中を回る。おもちゃの蒸気機関車みたいにぐるぐる回る。蒸気が溜まる。顔が熱い。
くりくりした瞳は笑っていて、私は言いかけた言葉を思い出せないまま、中途半場に空いた口から洩れるのは空気だけ。
シンクさんは、たまに、それなりに、最近ちょっと多いかも。

「ねー、したくなぁい?」

ずるい言い方をします。すきなひとに触れたくない、って人は、たぶん居ないと思うんです。
だから答えはいいえ。したいです。けれどだめ。恥ずかしいんです。私が理解していた以上に、私のシンクさん耐性というか、そういうことに対する耐性は、とっても低い。経験値が足りない? 慣れることなんてない。
頬を包むように掌が宛がわれるのすら肩が震えて、ぎゅっと瞼を下ろしてしまう。

「デュース、デュースー、でゅ、う、すぅ」

何度も何度も音が鳴る。ごろごろごろごろ喉が鳴る。被ってしまった映像は、貴女と猫。
私の名前は、口にすると、丁度いい形になる。と、先日聞いた。何に丁度いいかって、今みたいなことに。

「デュースー……」

ああほらもう。悲しそうな音を混ぜるのは反則だと思います。
だってそんなだからどうしてつまりはええと。

「ちゅー、したい」

小さく頷くことしかできなくなる。
触れたか触れないか、その程度でも視覚を遮断した私には刺激が強すぎる。そんなキスを一度。目尻を親指で擦られて瞼を頑張って押し上げれば、瞳を細めて嬉しそうな顔。ゆるゆるのはにかみ。たぶん私しか見れない顔。

「でゅーす」

声を追うようにまたキス。息が詰まって、離れたと同時に細く吐き出す。と、また触れる唇と唇。ぎゅっと瞑る目。

ちゅ。ちゅ。ちゅぅ。ちゅ。ちゅー。ちゅ。

リップ音が鳴りやまない。妙に響いて聞こえるのは、たぶんわざと音を立ててるから。シンクさん、好きですもんね、それ。
あの、と、いうか。その。ちょっと。長く、ない、ですか。
肩に添えられていた手に軽く触れる。止まない唇の雨。手を握る。振り続ける雨。引きはがそうとする。逆に捕らわれる。あ、あれ。
合間に声で止めようとして。

し。ちゅ。んく。ちゅう。さ。ちゅぅ。ぁ。ちゅ。っ。ちゅー。あの。ちゅ。ちゅ。っ。

無理でした。
そして、限界。
精一杯腕を伸ばして、肩を押して距離を取る。息が、整わない。けれど、ちゃんと言わなくちゃ。

「な、なん、もう、なんで……っ」
「んんー?」

やーぁ。今までとは違う意味で、口をとがらせたシンクさんが不満気な顔をして、ぐぐっとまた近づいてくるのを必死に止める。
本気になる前に止めないと、絶対敵わないと知っている。元より扱う武器からして力の差は一目瞭然なのだから。

「もっとぉ」
「ちが、ちがいますそうじゃなくってっ」
「ちゅー」
「だからっ、どう、どうして、ん、そんな、き、き……、ぅ……、ばっかりっ」

もごもごと単語を噛みつぶしてしまって、それでも最後だけははっきり言えた。
ぱちり。ぱちり。大きな瞳が瞬く。なんとか私の意思をくみ取ってくれたらしい。抑えつけていた腕を肩から離せば、頬を滑る掌。

「シンクちゃんねぇ」

指先が髪に絡む。

「ちっちゃい頃からデュースのこと好きなんだよぉ。だからー、デュースの一番になりたかったんだー」

親指が、先ほどまで触れていた場所を撫でる。

「触るのもー、お話しするのもー、一緒にお昼寝するのもー、頭撫で撫でするのもー、髪の毛結ってあげるのもー」

ぜぇんぶ、一番なんだよぉ。
幼い頃からの記憶が巡る。一番映るのは、今と違う背丈、変わらない笑顔。
そう言えば、いつも隣に居てくれたのは、一番笑顔を見せてくれたのは、今も昔も同じ人。

「でもねぇ、一個だけ」

きゅっと寄る眉根。
どう見ても、不満です。って顔。
シンクさんは、苦いものを食べた後みたいな声を出す。

「こうやってちゅう出来るようになるまで時間かかっちゃったから、負けてるんだよね〜」

私の頭の上に疑問符が浮かぶ。
負けてる。しかもその台詞からいうに、私との、その、今してたことに関すること。
あの。シンクさん。私。全部、たぶん、シンクさんが初めて、ですけど。とは、色々と発火しそうになるので言えない。

「やっと出来るようになったからぁ、とりあえず回数を近づけておこうかなぁって」

何とか理解まで追い付こうと頑張っている思考のせいで、反応が遅れた。

ちゅ。

触れた温度と、零れる吐息。
きりっとした視線を真っ直ぐに受け止める。
果たして、シンクさんのライバルとは。

「デュースの笛」

一瞬、頭の中が止まった。
続く、不機嫌な声。

「デュースの唇奪った回数すんごく多いんだもん!」

その日。
無機物? にもヤキモチ妬ける人だって、初めて知りました。



「んうぅ、足りなぁーい。ねー、口の中舐めていーい?」
「えっ」

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