誰が遊びと言ったのだ



暇になればこういうことを、するものである。
その標的になったのがあちら側と言われる者の中でも一等真っ直ぐな彼に定まったのはもはや仕方ないのだと言えよう。
所謂言葉遊びの一つ。それを思い出したのがケイトとジャックであり、授業と授業の間という中途半端な時間を潰すのにはもってこいであった。

「ね、ナイン」
「あぁん? 何だコラ」
「ちょっとさ、ピザ、って十回言ってみて」
「ぴざ?」
「ピザ」

にまにまと笑顔を張りつける二人に眉根を寄せながら、ナインは片手を広げる。
その様子を、ケイトの言葉とジャックの笑顔、その二つを見て状況を把握したのは教室に居たほぼ全て。そして予想もただ一つ。

「ピザピザピザピザ……」

片手で指折り数えながら、単語を重ねる彼を、楽しそうな目と、哀れんだ目が見詰めていた。
彼は気付かない。そして知らなかった。

「ピザ!!」

最後の一回を殊更声を大にして発したナインに、間髪入れず、ジャックが問う。

「ここは〜?」

自身の上腕と前腕の間。腕の中間にある関節を指差しながら。
この言葉遊びの最重要さは間を置かないこと。考えさせないこと。
もとより、考えることを得意としない回答者は。

「ヒザだコラァ!!」

ドヤァァァァァ。
自信に溢れかえり、得意気な大声と顔が返ってくる。皆の描いた未来通りの姿がそこにあった。

「……」
「んな簡単なことわかるに決まってんだろ!」
「……」
「あァ?」

妙な沈黙が降りた。
ナインが見れば、対面の二人は俯いて肩を震わせており、さらに視線を巡らせれば、口元を抑えて彼女等と同じく肩を震わせたもの、こめかみを抑えるもの、溜息を洩らすもの、哀れんだを通り越した目をするもの、穏やかに微笑むもの、多種多様である。
首を傾げたナインの姿に耐えきれなかった数名が噴き出すまでさして時間はかからなかった。
高い天井にいくつもの笑い声が響く。

「あっはっはっはっは!!! 流石ナイン!」
「いやぁ〜、さすがだね〜」
「何やってるんだ……」
「言いだした方も大概だがな……」
「そもそもこの言葉遊びはプライミングの効果と称され、そのような状況における先行する事柄をプライムと称します。先行する事柄には、単語、絵、音などがあり、プライムに関係性のある言葉の読みよりも早くなるのは」
「出たよ解説、誰か止めろ」
「皆仲良いね」
「そうもとれるか……」
「引っかかるやつ久し振りに見たよ」
「良く考えれば引っかからないものですけど、ナインですし」

様々な感情と表情と言葉が飛び交う。総じて、ナインに対するのは生温かいと言うかそれに近いものだ。
いくら色々と鈍いと言われてもそれがわからない彼ではない。そしてそれが居心地のいいものでもないことも理解していた。

「何だお前ら! エース! 何で皆笑ってんだオイ!」

ただし、原因はわかっていなかった。
我関せず本の頁をめくっていた所を襟首を引っ掴んで引き寄せられたエースは、その手を払いのけつつも溜息をつく。

「ナイン」
「お?」

改めて向き直り、エースが示した腕の中間にある例の関節。
瞬きをしたナインに、冷たい声が飛ぶ。

「ここはヒジだ」
「!?」

引っ掛けた二人に噛みつこうとするナインを何故かマキナが止めに入ると言う事態になるのだが、それを気に掛けず、なにやらずっと考えていたらしい彼女が隣に居た人に笑顔を向ける。

「デュースぅ」
「はい? 何ですか?」

にこにこと笑顔を浮かべて、シンクは言う。

「シンク〜」

単語を、ひとつ。さすがにピンと来たのだろう。
さきほどの流れで、これである。デュースは少し佇まいを直し、両手をぱっと広げた。

「シンク、シンク、シンク、シンク……」

両の指を折り込みながら、言葉を重ねていく。
この頃には教室の喧騒も、この二人の様子に気付いたのか視線はどことなく集まっていた。
あっち側と称されるうちの一人であるシンクが、おそらく今のやり取りを聞いて考えたのであろう即興のもの。
そして相手は頭の作りが上位側であるデュースである。
結果が気になるところだ。

「シンクっ」

十回目が声に出された。
さあ、どこからでもこい。
ふんす、とちょっと気合い入れたデュースに対し、シンクはただただ頬を緩めて、こう応えた。

「はぁい、なぁにー?」

そう、応えたのである。
問いではない。応えである。

「えっ」

目を丸くしたのはデュースだけではない。周りの数名もそうだ。見守るうち幾人かは既に疲れたような顔をしていた。
首を傾げるデュースに対し、シンクはただにこにこと笑顔を崩さない。

「呼んだでしょお?」

デュースは理解する。
自身がつい先ほど重ねた単語。自分の勘違い。シンクの真意。ついでとばかりに羞恥。
徐々に染め上がる顔を隠そうとぐっと握っていた両手を解いて顔を埋める。

「こ、ことば、あそび、じゃ、ないんです、か」
「んん〜? シンクちゃんしーらなーい」
「うぅぅ」
「ね〜、顔見たいなぁ」
「や、やですっ」

先ほどとは違う意味で皆の気持ちが一致した瞬間である。
元凶とも言っていいかもしれないがおそらく濡れ衣であるケイトとジャックに対して、どうにかしろよあれ、と非難の視線が集まるくらいには疲労度が上昇する空気であった。
無理無理と首を振る二人に、いってこい、ともはや脅しの視線が向いた頃。廊下に続く扉が開いた。

「諸君、授業だ。席に着け」

不名誉なことだがクラサメに対して0組のほとんどが助かったと思うのはこれが最初であったと言う。


デュースちゃんの仕返しが始まるよ、たぶんね
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