わたしの、だよ



考えが読めない。
そう思うことは常だ。

「シンク?」
「あー、セブンだぁ」

エントランスで見つけた後ろ姿がどこかそわそわしているようで、かといってそれが嬉しさなのか焦りなのか、何に起因するものなのかはわからなかった。
声をかけて振り返った彼女の表情はいつも通り笑みを浮かべていて、しかし彼女にとって笑顔=嬉しさというだけではない。
長い付き合いになるが、感情の起伏の要因がいまだに不可解だった。ジャックとはまた違った意味でわかりにくい。

「どうしたんだ、どこかに用事か?」
「んーん、さがしものぉ」

さがしもの。
確かに周りを見回していた。が、落し物を見る視線の高さではなかったし、失せ物ならば管理局に問い合わせればいい。
シンクは尚も視線を回しながら言う。

「ここのところねぇ、授業以外は任務だとか依頼でシンクちゃん、ちゃんとおしゃべり出来てないんだぁ」
「……ああ、さがしもの、か」
「そぉ〜」

シンクは最近忙しかった。
魔導院に居たとしても忙しなかったし、魔導院から出ることも多かった。
勉学によるものではなかったから不満はそう漏れなかったが、後に待つ報告書で泣きを見ることは明らかな気がする。
クイーンが頭を抱える姿が脳裏に浮かんで、苦笑いが漏れた。

「どこに居るか知ってるー?」

そんな私の思考に気付いていないのかシンクは首を傾げる。
やっとひと段落ついたのだろう。こうして自由な時間を貰って、シンクがすることはただひとつだ。
さがしもの。
それは、私でも察しが付いた。

「私はリフレから来たんだがいなかった。あとは、サロンとかじゃないか?」
「そっか〜」

何とはなしに、共に向かう先は魔法陣。

















転移する独特の浮遊感から霞みがかる景色が鮮明に。
やってきたサロンに、果たしてシンクのさがしものは、居た。
目に映る朱は私たちと同じもの。デュース。
が、目に映ったのはデュースだけではなかった。
その傍、9組のマントを羽織る候補生。
彼と談笑しているらしいデュースの顔には、笑みがあった。
ピリッとした空気を隣から感じる。まずいと考えたのとほぼ同時。
彼の手が、デュースに伸びた。

「シンク」

一言。
名を呼ぶだけでいい。今はそれで治まってくれる、はず。少しだけタイミングを外してやれば、おそらく。
サロンに居る数名の候補生たちの視線がこちらに集まるのを自覚する。
少なくとも、ある種の眼力を一度は体験したことがあるものならば反応してしまう程度には強いものだっただろう。それが、殺意と呼ぶもので会ったのなら尚更。
ぱち。ぱち。ぱち。
瞬きを三回。具現化しかけた得物が彼女の手のうちで輪郭を失う。どうやら、成功の様だ。
気を張り詰めた私の隣で、シンクはデュースしか見ていなかった。

「デュース〜」

シンクは皆の奇異の視線も、何も気にせず、ただいつものような笑顔を浮かべてデュースに近寄って行った。
すぐに繋がれる手。困惑するデュースに、シンクは笑う。

「シンクさん?」
「行こぉ」
「えっ、あ、はい」

色々なことが突然に怒ってまだ混乱しているのか、デュースは手を引かれるままに、傍に居た彼と言葉を交わす暇もなく。
二人は私の横を通り過ぎ、魔法陣に消えた。
気の抜けたような雰囲気を残すサロンで、呆然と立つ、おそらくデュースの頭でも撫でようとしていたのであろう彼に、近づく。

「ナギ、だったか」
「へ? ああ……」

バツの悪そうな微妙な笑み。
それはそうだ。よくわかっていないのは誰もが同じ。私だって、全て理解しているわけではない。

「悪かった。虫の居所が思ったほど良くなかったらしい」
「それって」

零した言葉に、彼は眉を寄せる。
魔法陣に視線を移して、告げる。

「あいつの前で、デュースに触れるな」

警告。
誰のことを言っているのかわからないほど愚かではあるまい。
さきほどの視線を真っ向から受けてしまった、張本人だ。

「いや、特にあいつの前では、だな」

妙なところで感がいい。
もしかしたら、ということもある。
無理に危険に踏み入る馬鹿でもあるまい。
その危険の最奥は、言うまでもなく。

「お前も、まだ皆の記憶に残っていたいだろう?」

視線を彼に戻しながら言えば、息をのんだのがわかった。
引きつる口元を自覚しているのだろうか。

「ははっ、そんな大げさな……」

努めて軽く言おうとする彼に、溜息と共に返す。

「ない、とは言い切れないのが辛いところだな」

踵を返す。
振り向き際、一言残す。

「わかるだろう?」

言葉を濁した彼に背を向けて、また魔法陣をくぐった。















妙に疲れてしまった気がしながら、廊下を進む。
そういえばあの二人はどこに行ったのかと思いながら教室の扉に手をかけて。

「だめだよぉ」

扉の奥から微かな声。
動きを止める。

「わたし以外に触らせちゃ、だぁめ」

思い描いていたひとりの声。

「シンクさ」

もうひとりの呼び声が不自然に切れたのを聞いて、また踵を返した。
何度目かの溜息を押し殺す。レリックの近くまで移動して、壁に背を預けた。
廊下を見張ることにしよう。
少しばかり、教室は立ち入り禁止だ。


inserted by FC2 system