ゆあたり



やっと身体が起こせるようになってから、記憶が朧気過ぎてうんうん唸っていたら彼女たちが言った。
お風呂で考え事はいけない。
とは言わず、私たちが一緒の時ならいい、という二人の笑顔に何故かうすら寒さを感じた。
湯冷めか。










脱衣所の横に設えられた休憩所。
竹で出来た長椅子に見つけた小柄な体躯は、横になっていました。
はひはひと短く早い呼吸に慌てて駆け寄って、その子に膝枕をしている人に視線と疑問を投げつける。
弱く動かしていた団扇を止めて、帰ってくる苦笑。

「湯あたりよ」

ジュディスが見つけた時には露天風呂の岩垣にへばっていたのだそう。
慌ててお湯から引きずり出して備え付けの浴衣を着せて、風通しの良いここへと連れてきたのだと言う。
小さな額と目を覆うのは濡れタオル。ジュディスの横には水桶。
頬に触れれば、体温が高めなことを差し置いても、確かに熱い。指先に触れる髪も、まだ湿ったまま。
休めば大丈夫。でも放っておいてはいけない。そんな状態。
しゃがみこんで、吐き出す息。

「もぉおおぉ……リタぁ……」
「研究のことでも考えてたんじゃないかしら」

やっと本を離して、お風呂、と部屋を出て行ったとは聞いて、でもあまりに長いからと探しに来たらこれです。
今度から休息のためのお風呂ですら気をつけなければいけません。
くすくすと笑うジュディスをよくよく見れば、いつもは綺麗に結い上げられている髪が下ろされている。
ああ。これ。乱れちゃったから。
そう言ったジュディス。めったにない切羽詰まった姿があったんだろうと思うのは簡単だった。
ぬるくなったタオルをジュディスの指がどけて、また水に浸される。
遮るものがなくなって、瞼越しの光にリタがむずがり、少しだけ開いた瞳。
高温と液体に濡れた翡翠。

「リタ?」

覗きこんで呼びかければ、こっちを見て。

「えすぇぅ」

サンダーブレード。
そうとしか表現できません。私を襲った衝撃は、つまりそういうことでした。
可愛い。舌足らずな声。ぼおっとした目。こんな可愛いものを創造してどうすると言うんですか神様。
私へのご褒美ですか。なるほど、解りました。それならば仕方ありません。私はこの可愛さを存分に愛でることとします。
固まっていた私は、は、と固形物を押し出したような熱い吐息に気付いて、腰をあげました。
そうして厨房で手に入れたそれを、また額に濡れタオルを乗せたリタの口元に。

「リタ、あーん」
「ぁー」

抵抗なく開けられた唇に、そうっと押しこみます。
から、ころ。
微かな音と、膨らんだほっぺ。

「ぅえぁぃ」
「おいしいです?」
「ん」

果実で味を付けた水でできた氷。
暑さを和らげるにはうってつけで、味覚にも嬉しい。暑さに弱いリタと今度一緒に食べようと思っていたもの。
一緒に、というのは叶いませんでしたが、それに勝ることを手に入れて満足です。
溶けてなくなったそれを求めて開く薄紅色を見て、頬が緩む。
もうひとつ、その口に。
もごもごと口を動かして、未だに心ここに在らずといった様子のリタを眺めて、思うこと。

「ジュディス」
「何?」

その長い指で、乱れてしまったリタの浴衣を直していたジュディスに問います。

「湯あたりっていいかもしれないって思った私は、ダメですか」
「そうでもないんじゃないかしら」

私だってそうだもの。
同意を得られたので、良しとしました。
私は至って、健全です。


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