にらめっこしてください



きゃらきゃらと高い笑い声が響きました。
その声に誘われるように覗いた食堂。そこには言い表しがたい顔面を作り上げた芳佳さんと、その対面で笑いこけるフランチェスカさんの姿。
同じ場に居るリネットさんも笑いを零し、ペリーヌさんもまた呆れながらも口元に笑みを浮かべていました。
目に映った光景に、北欧コンビは揃って首を傾げます。何をしているのかと。

「あ、サーニャちゃん、エイラさん」

そうして気付いた芳佳さんがいつもの笑顔で二人に声を掛けます。
食堂へと入った二人。サーニャさんが紅茶を用意してくれているリネットさんの元へ向かったのを目で少し追ってから、エイラさんは芳佳さんの元へと進み、片眉を上げました。

「で。何やってたんだよ宮藤、ついに頭ネジ抜けすぎたのか」
「え?」
「そうとうおもしろい顔してただろ」

未だ笑いが収まりきらないフランチェスカさんをちらりと見て、エイラさんの腕が芳佳さんに伸びました。
着陸したのは形の良い頬。驚く芳佳さんに構わず、そのままむいっと引っ張ります。

「こーんな感じで」
「や、やふぇへくらひゃい!!!」
「おお、お前ほっぺ柔らかいなー」
「ふぇひははん!!!」
「おー、芳佳さっきより凄い顔!!」
「だろー? うりゃうりゃ」
「みょふひゃへへー!!」

わたわた抵抗するのをそれとなく抑えつけて顔をこねくり回して遊んでいると、背中からひやりとした声。

「エイラ」

ぴしっと固まったエイラさんが振り向けば、そこには困った顔をするリネットさんの隣に、なんだかとっても。

「エイラ、だめよ」

不機嫌がにじみ出たサーニャさん。
ぱっと手を放して、ハハハと乾いた笑いを漏らしたエイラさんを尻目に、サーニャさんは芳佳さんに眉を下げました。

「ごめんね、芳佳ちゃん」
「あ、ううん、大丈夫!」

芳佳さんは少し赤くなってしまったほっぺを擦りながら手を振ります。
どこか窘めるような視線をサーニャさんから受けたエイラさんは、居心地の悪さを解消すべく口にしました。
改めて、何をしていたのか、と。

「扶桑の遊びです」
「遊びぃ?」

あの変な顔が?
その言葉をリネットさんの視線を受けて、なんとなく呑み込んでその遊びの相手であったというフランチェスカさんを見れば、笑顔。

「芳佳すっごく上手なんだよ!」
「へー」

いまいちよくわからない遊び。
けれども先ほどのフランチェスカさんの笑いまでとはいかずとも、サーニャさんの笑顔が見たいと考えるのはエイラさんの当たり前のことであって。

「どうやるんだ?」
「えっとですねー……」

説明を求めたのは、自然な流れだったのでしょう。














見ることは出来るのです。
そりゃあ一人は妖精とまで言われた可憐な容姿。もう一人は傷付けられない宝石とまで言われた美麗な容姿。
見るに堪えないと言うわけでは、決してないのです。むしろ目の保養と言っていいでしょう。
見ることは出来るのです。
白い肌だとか。すうっと通った鼻梁だとか。色素の薄い前髪だとか。薄らと色付いた頬だとか。
ばっちり微細に表現できるほどにくっきりはっきり見ることが出来ます。さして離れた距離でもなく、近いと言っていい隙間しかないのですから。
けれど、見ることが出来ないのです。
月夜に掲げた透き通るようなエメラルド。
陽光に翳して尚奥が深いアメジスト。
二対四つの宝石は、決して長く対面することが出来なかったのです。

にらめっこしましょ

その言葉が発されてから早五分。
さっぱりにらめっこしていない二人が、そこには居ました。
見ようとしているのです。何せまず目を合わせることがこの遊びの最初の最初、準備段階といってもいいのですから。
しかしそこで、まさにその瞬間に気付いたのでしょう。これはにらめっこといいながらも、つまり。
ちらりとエメラルドがアメジストを捉えれば、すぐに視線だけ逸らされて。
こっそりアメジストがエメラルドを窺えば、これまたすっと逸らされて。
いたちごっこ。おいかけっこ。
見たいのに見れない。見れないけど見なきゃ。見たいのに、見られない。
一瞬の視線の会合を重ねるごとに、朱が濃くなる頬の色。
なんだかとっても。

「何やってんだ、あれ」

そう言いたくなる光景でした。
まさにそれを口にした、たった今食堂にやってきたシャーロットさんは思いっきり顔をしかめて言いました。
胸元へやってきたフランチェスカさんの頭を撫でながら見るのは、自分より先に来ていてテーブルに頬杖をついている金色の頭。

「にらめっこってゆー扶桑の遊びらしいよ」

エーリカさんはにまにまと口元を緩めながら答えました。
にらめっこ。
そのままの意味で捉えるのなら、本当にそのままなのでしょう。
シャーロットさんはもう一度例の二人を見ます。
対面の椅子に腰かけ、膝の上でぎゅっと握った手。逸らし逸らされを続けて色を増す頬。周りの空気は桜色。

「遊びって……遊びかよあれ」

こんなとてつもないものを作り上げる遊びなど、リベリオンにはありませんでした。
シャーロットさんの疑問の視線は、この場に居る扶桑人へと向けられます。
下がっていた視線を慌ててあげて、シャーロットさんに芳佳さんは苦笑いを浮かべました。

「いやー、にらめっこってああいう遊びじゃなかったはずなんですけど……」

そうして、皆の視線は未だににらめっこへと到達していない二人へ。
口の中が甘ったるくなる空気が、さらに濃度を上げていました。
シャーロットさんは、呟きます。

「……すげぇなあの二人」
「かれこれ二十分はああしてるらしいよ」
「止めろよ」
「見てると楽しいし」
「いやいやいやいや」

そうしてさらに十分後。

「なあ、見詰め合いの練習なら愛の巣で思う存分してくんないかなー」

ブラックコーヒーを飲みながら発されたその一言で椅子から転げ落ちる音が一つ響きました。


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