もふもふ



「うーん……」
「どうしたの?」
「いや、サーニャと話をしようとしてな」
「あら、娘とコミュニケーション?」
「茶化すなよ……」
「ふふっ、それで?」
「話題がなくてな。そこで使い魔を出して撫でさせようとしたんだ」
「美緒の使い魔?」
「ああ、動物はいい仲介になると聞いてな」
「何となく予想出来るけど、結果は?」
「怖がられた」
「やっぱり……」
「いや、顔はアレだが、可愛いんだぞ?」
「それでもサーニャさんには少し厳しいでしょう?」
「ううむ……」

デスクワークの休憩中。昼下がりに美緒とそんな会話をしたのを思い出して、ふと笑みがこぼれた。
黒猫という可愛い使い魔を持つサーニャさんにとって、美緒の使い魔、ドーベルマンはタイプが違いすぎる。軍用犬としても活躍する、その強面はハードルが高かっただろうに。

「それにしたって、いきなり大きな犬を撫でろだなんて、怖がるわよね」

呟きに反応したのは灰色の毛皮。
いつも通りにお留守番を頼んで、私が返ってきてもデスク脇で静かに伏せているこの子の尻尾が微かに揺れる。
口元が緩んだ。

「ごめんなさい、あなたが怖いって言ったわけじゃないの」

犬と狼。
同じと捉えることはないけれど、どうしたって反応してしまうもの。いつだったか無邪気な子猫に怖い大きな犬と呼ばれたことを少し気にしているのを知っている。どう見たって犬よりたぶん見た目が怖い。それを言ってしまうと少なからず傷つくこともわかっているし。
身体を起こして見上げてくる紅い瞳に微笑んで、その灰色に掌を埋める。しばらくその毛並みを堪能していると不意に逸らされる。
扉。
思い至って手を止めて、ペンに持ち替えた。
然程経たず鳴り響いたノックの音と。

「たいちょー、入っていいか?」

どこか無気力な声。
声を返せば、部屋に入ってきたのは空色の軍服と白金の髪を持つ隊員。
エイラさんは、ぺらぺらと手にした紙束を揺らした。

「ユニットの部品のリスト、まとめたから持ってきた」
「ありがとう、いつも頼んでしまって悪いわね」
「いーよ。慣れてるし」

原隊で培ったのだろう。整備、設備、補給関係。基本的に、なんでもこなしてしまう。
スオムスとの連絡や補給物資の件についても、とても助けられていた。
ただ、ある特定のこと以外に関して、少々面倒くさがりなのがネックなのだけれど。
資料をデスクに置き、気だるげに首の後ろを擦っていたエイラさんは、今までさして注意を払っていなかったらしく、やっと私の隣に居る灰色に気付いた。

「お」

瞬間。そのアメジストに微かに色が灯る。
少し意外だった。動物が好きだったとは、聞いたことがない。

「なー、撫でていいか?」
「いいけれど……」

紅い瞳が拒否を示していないことを確認してから、許可を下ろした。
躊躇いなく。怯えもなく。エイラさんは獣に近づく。それはどこか、慣れているような、楽しそうな、足取り。

「うりゃーっ」

首元から始まり、頭、背中。座りこんだ狼に、ほとんど抱きつくような形で、手の届く範囲の毛皮をわしゃわしゃとかき混ぜる。
撫でるからはみ出したような触れ方だったが、それもどこか、慣れていた。そして笑顔だった。
正直、嬉しい。
クラヴァッテを見た人は大抵、怖がる。動物好きだったとしてもだ。愛玩動物と、野生動物の違いとでも言おうか。
こんなにもただ嬉しそうにじゃれついているのを見るのは、久し振り。

「もっふもふだなお前」

怖い獣に対するものでは、どうあってもない。そんな、どこか懐かしむような笑顔。
少し大人しくまた撫でて、首に縋る様に抱き着いて顔を埋めていたエイラさんは、小さく呟く。

「んー、もうちょっとでかかったら同じくらいか」

その言葉に首を傾げる。彼女の使い魔は、比べるまでもなく。かといって、他には。

「さんきゅーたいちょー、お前もあんがとな」

そう言って、満足そうにエイラさんは部屋から出ていった。
彼女の姉のことを思い出したのは、クラヴァッテがようやく解放されたとばかりに身をふるわせた後だった。
























「これ、誰の髪の毛……?」
「えっ」

そして浮気疑いフラグ


「隊長!!サーニャに説明してくれよおおぉぉおおおお!!!」
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